人間でも獣でも魔獣でもない動物が存在するということは働くようになってから知った。
裏の運び屋と呼ばれている"POST"には私たち配達員の他に事務や監視員、刑務官がいる。
その中でも刑務官たちはみな獣の一部を身体に備えていて、彼らのことはキメラと呼ぶらしい。
人間と獣の遺伝子を混じることで出来たハイブリッド。そう教えてくれたのは私が初めて出会ったキメラだったけど、それが人間の手によって故意に作られたということも、配達員になれなかった人達が被験者に選ばれたということも、知りたくなんてなかった。
ブーツの内側にある足枷が足首を潰すほど締め付けてきて思わずしゃがみ込む。
この足枷、違反行為を認められたときに作動させるGPS付きの拘束具で、これで身動きをとれなくした後に刑務官が追ってくるという仕組みらしいのだけど8年間勤めていて発動したのはこれが初めてだった。
模範生のように仕事をこなしていたのに違反なんてするもんか。
痛みでしゃがみ込んでいると背後からの複数の足音と嗅いだことのある煙草の匂いがして振り返った。
「お馬さん」
そう言ったのは、刑務官の先頭で煙草をふかしている彼が馬と人のキメラだからだ。
「その呼び方やめろっつってんだろ」
相変わらず短気で口が悪いけれど嫌いではない。
彼の後ろには刑務官の仲間が30人くらい。
多様な生態を兼ね備えた面々をみてまるで動物園だなと思う。
馬のキメラことホース=ブラウンはここへ現れた瞬間こそ渋々といった表情だったが謎の強者集団を見渡すと「げ」と声に出して顔をこわばらせた。
幸い、というのか、私はその強者集団を目の前にしてはいるものの団長以外とはある程度の距離を保っており、刑務官たちの登場によって逃げ道になりそうな隙もできていた。
ホースブラウンは慌てて私の元へ近寄り手首を掴むと体ごと奴らとは反対方向へ放り投げて「ちょっとこいつ借ります」と仲間を置き去りにして走り出す。
少しの間だけ鳥になったような気分で地上を眺めると、残された30人の刑務官が次々に倒れていく中、そこから物凄いスピードで遠ざかるホースブラウンが私を見上げた。さすがキメラ、人間離れした速さだ。
パカラッパカラッとか言ったら怒るんだろうなあ。
ズシーンと彼の背中に着地するころにはもう奴らのアジトからはかなり遠ざかっていたけれど、仲間を置き去りにしなければ、走れない私を抱えてはきっと逃げ切れなかった。
戦って勝てる相手ではない。刑務官たちは今頃……私はホースブラウンの首にまわしていた手を合わせた。あーめん。
それにしても奴ら、突然キメラが現れても顔色一つ変えなかったけれど本当に何者なんだろう。
おい、と乱暴に呼びかける声に返事をすると「あいつら何者なんだ。聞いてねぇぞ」と怒鳴られる。
うるさい、それは私も今考えていたところだ。
というか何も聞かされていないのはこっちの方なのに。
彼らが何者かも知らなければ、刑務官に捕まった理由もまだ知らないのだから。
ポケットの中にブループラネットが入っているのを確認して落胆する。まさか体ごとぶん投げられるなんて思わなかったから団長さんに手渡す前に咄嗟に入れてしまったのだ。
せっかく丸く収まりそうだったのに…もしかしなくても取引不成立だよなあ。
ああ、そういえば…
「みてみて」
自慢する相手は彼だった。
宝石をではなくグリードアイランドをクリアしたということを自慢するために持っていたものだ。
それなのに彼はなぜか白けた顔をしているのでさらに目の前へ近づけると、眉を顰めた後苦い笑みを浮かべた。
「…男でもできたのか?」
「なわけないでしょ。グリードアイランド、クリアしたの。その報酬」
男から貰った宝石を見せびらかすような女だと思ってるのか、失礼なやつめ。
今度こそは感心しているようだったので満足してもう一度ポケットへしまった。
「悪かったな」
「なに?」
「俺がお前を捕まえる理由だ」
そう聞いて黙ると彼は続ける。
「なんでも事務の手違いでお前のいく予定じゃない依頼者とマッチングしちまったらしくてな。命の危険にあると分かって連れ戻すように指令があったんだよ」
「へえ」
「社長命令だ」
"社長命令"という嫌な響きに吐き気がする。
雇われの身でありながら私は社長が大嫌いだった。
それにしてもおかしい。
刑務官は本来なら違反者を取り締まるために動くが今回のように配達員を救出するために動くことはない。
というよりそもそも保護することがない。社長は社員がどこで野垂れ死んでいても気にしない男だからだ。
それにあれだけの大勢、今思えばあれは明らかにホースブラウンと私を逃がすための捨て駒だったんじゃないかと思う。
「えらく社長に気に入られてるのな、お前」
「やめて」
「…まあ牢獄にぶち込まれたところですぐに仕事復帰できるだろ」
牢獄、という言葉を聞いて一瞬思考が停止する。
「え、牢獄行きなの?」
「そりゃあ……あれ?なんで牢獄行きなのお前」
「知らないよ!」
「社長命令なんだけど…」
絶望で言葉がでてこない。
牢獄は違反者が入る場所なのに保護されただけの私がなぜ。
入ってしまえばどんなに早くても仕事復帰できるのは3ヶ月以上先になる。
その間ブループラネットをずっと手元に置いておくの?
アジトらしき場所も知ってしまったし、顔も見られているというのに?
彼らがPOSTにたどり着くまで3ヶ月もかかるだろうか。
牢獄から出たところを撃ち殺されて転がったブループラネットを手に彼らが笑みを浮かべるまでが容易に想像できた。
「ちょっと相談なんだけど」
「あ?」
「逃がしてくれません?」
彼は苦い表情で私の足首を叩く。
“聞かれてる”と言いたいんだろう。
分かっている。でも今すぐに他の刑務官が駆けつけてくることはない。
足枷の鍵を持っているのは担当の刑務官と社長だけ。
刑務官が配達員の監視に付くときは大抵違反を犯したときのみ。
しかも配達員1人に対して刑務官が最低でも2人つく。
こんなチャンス今しかない。
「いくらお前の頼みでも聞けねえ」
彼はそう言うと煙草の煙を深く肺に入れた。
「そう、じゃあ仕方ないよね」
ホースブラウンの首を軽く締め上げると彼は苦しそうなふりをしながら倒れ込み敢えて狙いやすい位置に置いた私の足枷を思いきり蹴った。
彼は私の味方だ。
彼はさらに腰に付けていた鍵の束の1つだけ裏向けにする。
すかさずその鍵をつかみ彼のベルトホールごと引きちぎった。
ついでに付いてきた他の鍵は投げ捨てて、自分の足首にある鍵穴へ刺す。ビンゴ。
「私の勝ち」
「くそが!」
そう言いながら放たれたナイフには紙が結んである。
刃先を避け柄の部分をつかみその紙を確認すると、そこには闇医者と、機械技術に詳しい博士の連絡先が書かれていた。
闇医者には私の身体的情報の改造を、博士には拘束具をどうにかしてもらえば、晴れて私は自由の身というわけだ。
ホースブラウン、本当にありがとう。
“俺の逃げ道もつくっとけよ“
最後の一文、雑に書かれた彼らしい一言に、最大限の努力はするよ。と心の中で返事した。
貧乏くじをはんぶんこ