子供の頃に夢みたパン屋さんやお花屋さんにはなれなかったけれどとりわけ働くことが嫌いでもない私はPOSTでもそれなりにうまくやっている方だったと思う。
逃げ出そうとして牢屋にぶちこまれた同僚たちを何人か知っているが、みんな口々に言うのは仕事のキツさばかりで意外にも監視されていることには慣れてしまったのかむしろ部屋以外にはカメラがついていないことを喜んでいるくらいだった。
冗談じゃない。私がPOSTに入ったのは11歳の頃だ。
多感な時期に盗聴なんてされて気が狂いそうになるのを8年も我慢してきた。
一度だけ、絶対に逃げ出さないからはずしてくれとお願いしたことがある。
翌朝、隠れて世話をしていた野良猫の無残な姿を見てからは二度と口にはしなかったけど。


「あーこれはけっこう痛いかもね〜」


検査のためのカプセルに入ったあとに見せられたレントゲンのような写真には私の透けた身体と小さく写りこむ異物があった。
老人が言うには体の内部にも個体別のチップが埋め込まれているらしく、それを取り除くのに麻酔は使えずかなりの痛みを伴うらしい。

痛みには慣れているほうだし大丈夫だろうと高をくくっていたら悲鳴を上げそうなくらいの激痛だった。
念能力によるものなのは間違いない。
あの時、猫が死んでしまったのは本当に悲しかったけどお願いを聞いてもらえていたら私が死んでいたかもしれない。痛すぎて。

歩けそうもない私に親切にも松葉杖を差し出してくれた老人にお礼を言い研究所らしき建物をあとにすると、領収書には手術費の他に松葉杖の料金がかなり高額で上乗せされていた。殴りたい。
しかしふつふつと沸いてくるものよりも早くしなきゃという焦りが歩幅を大きくさせる。
つぎは病院だ。お金の使い時ってあるもんなんだな。貯金しててよかった。


なんて浮かれていたのは治療が一通り終わった数時間後、呑気にクレープを頬張っていたその瞬間までだった。

痛い思いをして満身創痍の体に染み渡る甘ったるい贅沢に身を震わせていたのに、後ろからの強い衝撃にクレープを落としおまけにその上に顔を突っ込んでぶっと変な声まで出してしまった。
怒りと恥ずかしさのあまり文句を浴びせてやろうと振り返り見上げると今度は恐怖で体が震える。

「さっきはどーも」

額の十字は包帯で隠れていても、おろした前髪から透けてみえる吸い込まれそうな真っ黒い目が彼だと言っている。

「…どーもぉ〜」

ようやくの思いで発した声は掠れていた。


***


イケメンの横を歩いてこんなにも嬉しくないのははじめてだ。
不自然な動きをしたら殺す、なんて言葉がなければもう少し自然に振る舞えたかもしれないけど。

「あの、どこまで行くんですか」
「黙ってついてこい」

まずい、どんどん人気(ひとけ)がなくなっていく。
この先で拷問でもされるんだろうか。いまの身体には堪えるなあ……くそ、私何も悪いことしていないのに。もし死ぬようなことがあれば化けてでてやる。

隣を歩く足がとまりワンテンポおくれて私も止まると、ここだ、と見上げる先には簡素なアパートが建っていた。
ほぉ、なんか思っていたのと違う。

またすぐに歩き出す彼にあわててついていくと端の階段から二階へとすすんだ先の扉の前で立ち止まった。扉をあけると横に立つ私を見下ろして「入れ」と告げる。


「おじゃまします…」


誰もいない、いっけんただのアパートの一室だ。
しかし部屋をくぐると途端にビリビリと肌の表面に触れる静電気のようなくすぐったさを感じる。おそらく何かしらの能力があらかじめ部屋に張り巡らてあるのだろう。
この場所で下手なことはできない。

ソファへ促され腰掛けると彼は端正な顔立ちのまま言う。

「取引だ。宝石とお前の能力の代わりに命は助けてやろう」

私と同じタイプの能力者なんだろうか。
だとすると彼の言う私の能力って、きっとシャルナークを探し出した探索能力のことよね。
実を言うとあれは私の力じゃない。

「宝石はいま手元にあるので……どうぞ」

ポケットからブループラネットを取り出し、机の上の使われていない菓子入れに入れると、彼はほんの少しだけ口端を上げてそれを手に取った。
どういうトリックか、彼がそれを握り再び開いたときにはブループラネットはなくなっていた。
手先が器用らしい。

「さて、次はお前の能力を教えてもらおう」

凝をしている。彼の能力の発動条件だろうか。
その分体へのオーラが薄くなっている……そのための部屋なんだろう。反撃の余地はない。

「私の能力は特質系。他人の能力を触れることによって移動させることができます。例えばAの能力をBに移す場合、絶の状態でA、次にBに触れなければなりません。その間は絶を保ったままでいなければなりません。また触れることでBはAの能力を知り得るわけですが、B=私ではない場合、私はAの能力を知り得ません」

「シャルを見つけ出した能力はお前自身のものではないということか。今のお前はまだあの能力をもっているか」

「…クレープを食べていた頃にはもう…」


彼は顎に手を当てて目を伏せた。


「このまま殺されるか、利用されてから殺されるか、どっちか選べ」

「は、え…?」


命だけは助けてくれるんじゃなかったの。


「シャルに使った能力、あれは便利そうだったから盗ってもいいと思ったが、お前の能力は必要ないな」

絶望、するのはまだ早い。
少なくとも利用価値はあると見込んで少しの間は生かしてくれると言っている。
役に立てれば老衰するまで長生きできるかもしれない。
もしかしてラッキーなのかもしれない。
自分を騙すように心で唱えても少しも晴れない気持ちを隠すように深々と頭をさげてまるでこれから手錠をかけられるかのように両手を差し出した。

「ぜひお役立てください」

「いい答えだ」


手を取る彼の悪巧みしているみたいな声を頭上に聞きながら、滴る汗を拭うこともできずに舐めた。

アイロニーの味がする

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