謝るくらいならはじめからしなければいいのに、いちいちイラつかせる愚図どもと何度言っても理解しない馬鹿を始末して何が悪い。
特に今回は計画の肝になる彼女をあろうことか幻影旅団なんかに盗られるなんて。あれは僕のものなのに。
いつか逃げ出すこともホースブラウンの助けを借りることも想定内だったけどまさかクロロ=ルシルフルに関わることになるとは思いもしなかった。
モニターにうつる世界の縮図を眺めながらどうやって帳尻をあわせるかを考えていると横の男が猫の耳をぴくりとさせてこちらを覗いてくる。

「なに」

「社長はなんであの女に執着するの?」

「…言葉に気をつけろよ、トム」

睨みつけても不思議そうにこちらを見つめてくる。
いい度胸かそれでなければ身の程知らずだ。

「トム、幻影旅団を覚えておけ。今度挨拶にいく」

「わかった」

夕飯を食べたら忘れてしまいそうな顔をして、その口は幻影旅団、と幼子のように繰り返した。



***



A級賞金首である彼らの存在をなぜ疑っていたんだろう、私は幽霊もネッシーも宇宙人だって信じているのに。
辺りの景色が遠のいてピントが合わないような感覚とともにふと彼らが幻影旅団であることを思い出す。
ネッシーと一緒にされては心外だろうけど、初めて聞いたときにはやはりどこか都市伝説のような感覚だった。あ、本当に存在するんだ、と。

「なまえ」

まだ聞き慣れていない声に呼ばれたのにはっとして、気づけば中心に立っているクロロのもとへ急ぎ足で向かう。
2学期からやってきた転校生とか、そんな浮ついた場ではない。決して。
ある程度の手練れになると強さを見抜く力が備わるというけれど、これでも念能力者の端くれの私は纏のみの彼らに身震いしていて転職して早々にさい先が不安だ。

第一声に、元運び屋のなまえです。
例えるならバンドエイドの絆創膏みたいな感じ。
彼らには仕事に使う道具でしかない私の名など、名称はないよりあった方がいいくらいなものでしかなくて、自己紹介はもっぱら取扱い説明書のように淡々と。
だから興味をもってもらえるとか、期待されているとかそんなことはまるで思っちゃいなかったけど、まさかここまで話を聞いていないとなるといっそ清々しい。

「お?終わったか」

「団長ー、今日はそれだけ?」

よろしくお願いしますと締めの挨拶をしたのを皮切りにフィンクスが立ち上がりシズクが身支度をはじめた。
すでに本を読み始めているクロロが「ああ」と短い返事をすると他の団員も散らばりだすもんだからちょっとだけ待って欲しいと少し大きめな声で呼び止める。
明らかに不機嫌そうなフィンクスとフェイタンに睨まれようがこれだけは伝えなくてはいけない。

「もし!もし見かけたらでいいんですけど…」

「なんだ。はやく言え」

「この写真の男の子を見かけたら私に教えて欲しいんです。今はもう少し大きいと思うんですけど…」

一応目にはとめてくれるものの覚える気のなさそうな面々に半ば心が折れそうになっていたときシズクがこちらを見ていた。

「誰それ?」

“蜘蛛は他人には興味がない。シャルやシズクあたりは興味本位で聞いてくるかもしれないが”

クロロの言ったとおりだ…と数日前の包帯を巻いた彼の顔を思い出しながら人数分プリントアウトしてある写真のうちの一枚を、紹介によればものすごく忘れっぽいらしい彼女に手渡して頭を下げた。

写真のなかで笑う少年は空のような髪と海のような瞳が印象的で、似ていないけれど私の弟である。
8年前に離れ離れになっているから今は18歳だ。

「名前はミズキ、念の使える子です」

すると間髪入れずに「能力は」と声が降ってきて、見上げるとフェイタンが傘の先を磨きながら写真の中の弟を捉えていた。
これもクロロの言ったとおり。
念能力が使えると言えば少なからず興味を持つだろうとの事だった。本当はあまり言いたくないけれど弟を見つけるのが最優先事項のため仕方がない。

「水を操る変化系能力者です」

ああどうかかわいい弟の能力をこんな怖い人たちに話してしまう姉さんを許して。
A級賞金首なら入ってくる情報もA級に違いないと、それなら腕利きの情報屋とも密な関係のはずできっと私の望む答えを知っている人がいると、思えば探し続けて8年にもなるのに手がかりゼロのこの能なしが幻影旅団と巡り会えたのはチャンスだと、そう思うことに決めたんだ。

しかし彼らがそんなに親切な人間には到底思えない。
仕事に差し支えないことなんか頭の最果てに放っておいて数日後には忘れてしまいそうだ。
そう考えていた矢先、本から目を離さないクロロがひとこと「欲しいな」と呟くと、なんだか団員たちが騒然としだした。
シャルナークが苦笑いをしながら「本気?」と聞くがクロロからの返事はなく、続いて勘の鋭いらしいマチが「マジの顔だ」と呆れたようにいった。

あの幻影旅団が弟のことをこれだけ気にかけてくれているなんて、これはもしかするといい兆しなのでは。
そう思うと浮かれてしまって涙がにじんできたが、クロロの一言が弟の生け捕りを意味していることなど私はまだ知らない。

センチメートルの祈り

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