しつこいようだけれど、私はこれでも真面目に生きてきたつもりだった。
たばこもギャンブルもしないしお酒も適齢になってからたしなむ程度、家では母の手伝いをよくしたし、愛犬の散歩だって毎日した。
学校も一度も休まず成績は中の上、友達だってそれなりにいたし、通信簿には優しくて気の付く子だと書かれるような、そんな人間だった。

「だから、普通でいたい人間からすると相対的な評価が全てなんですよ」

「くっだらない」

シャルナークは現実に背くように両手で顔を覆う私を見もせずにケータイを操作しながら、念使いが何を今更と付け足した。
仕方がないじゃない、生まれたときから使えるんだから。


ひととおり団員への自己紹介を終えて、弟の話もしたあとのことだ。
周りに馴染めないで木偶の坊のように突っ立っていたら、あとは自由にしていていいというので真っ先に家に帰るつもりだった。
しかし団員の数を数えるとクロロを合わせても7人しかいないじゃないか。
聞いた話では12本足の蜘蛛と呼ばれていたはずで、あとの団員は、と問えば仕事に出ているという。
すぐに戻ると聞いたので、嫌なことはまとめて済ませたい質の私は顔合わせのためにそれを待つことにした。それが間違いだった。


「ねえいい加減諦めなよ」

一向に画面から目を逸らさない彼が言うけど、諦めならとっくについている。
ただこんな状況に慣れろと言われれば今すぐには無理だし、慣れたくもないと思う。
やっぱり一旦帰ろう、そしてしばらくここには戻らない。
目の前を通り過ぎる直視できないほど傷んだそれ、もはやどの部位を掴まれているのかさえわからないほどぐちゃぐちゃのそれを指と指の間からしっかりと目にして決意する。
そして先ほどから血のにおいがそれはもうすごい。
質量保存の法則を無視しているようにしか思えないくらいのその量に引いている。
怖いもの見たさで滴る赤の先に視線を向けると、ひぃっと声がでた。

「し、死んでる」

いまさら数えてもいないけど、もう何人目かのそれがとうとう人の形すら保っていなくて思わずそう口にすれば「まだ生きてるよ」と人らしきそれを引きずったフェイタンがじとりとこちらを見てきた。
ごめんなさい。

私は死体とか血肉とかそういう類にはそこそこ耐性のある方だと思っていた。
前の仕事ではそれらを配達することもあったし、社長が癇癪をおこして人を殺すのを見たこともある。
初めて見た死体は大きな箱の中にきれいに体操座りをさせられた全裸の水死体だった。
あれも生きた人間からはかけ離れた見た目をしていたし当然気持ちのいいものではなかったけど、まさか命脈を保った人間があそこまで酷い姿になるなんて想像もできなかった。
まだ生きているなんて気の毒にと、自分は生に執着しているくせに思う。


「加減が難しいんだよなあ!」

ウヴォーと呼ばれる大柄な男性がまた閲覧注意を運んできて、フェイタンの出入りする部屋の前に投げた。
彼の体力は無限なのかもしれないけれど私の精神力はそろそろ限界なので、これ以上は本当にやめてほしい。
しかしそうも言えないので私が退去するしかない。

「帰る」

「そ?ここからがおもしろいのに」

「帰る」

シャルナークの言葉などまったく響かない。
なぜなら彼はついさっきも面白いものがみれるよとか言って入り口からフェイタンの部屋の導線である特等席とやらに私を座らせた張本人なのだから。
穏やかな顔をしていてもやっぱり旅団員、まともではない。
ともあれ身一つできたから扉を出ればすぐに解放される。
次に来るときに同じ状況じゃないことを祈るばかりだけれど、そういえば次がいつなのかも分からないんだった。
クロロは仕事の時に呼ぶと言っていたけど盗賊ってどういう労働形態なんだろう。
まさかシフト制ではあるまい。

「ちなみにこういうことって結構あるんですか?」

「フェイタンの拷問のこと?多くはないかな」

どうやら少なくもないらしい。
ふと周りを見渡せばみんな自分の部屋にいるみたいにくつろいじゃって。
私が顔を覆って怯えるのは至極当然の反応のはずなのに異常者が揃うと私が浮いてしまう。
ああなんだかとっても気分が悪い。
帰ったらゆっくりと湯船に浸かろう。
温かいスープを飲んで食後には紅茶とクッキーを、そうしてぬるい眠りにつくのだ。

その甘い誘惑へ逃げるように今度こそ立ち上がるとシャルナークはようやく顔を上げて「あ、ほんとに帰るんだ?」なんて言って意外そうな顔をした。
たぶん私、ものすごく顔色が悪いと思うんだけど、そんなに意外かしら。
じゃあ、と短い返事をしてふらふらの身体に鞭打ち、とうとう建物を出ようとしたとき、不吉な声が私の名を呼んだような。
気にしないで進もうと思ったけれど声の主がどんな表情をしているのか見てみたくて、つい見上げれば狡猾な笑みを浮かべるクロロと目が合った。
それはたしかにレアな表情だったのかもしれないけれど、私はやっぱり失敗したなと思う。
だってクロロは続けてこう言ったんだ。

「逃げるなよ」と。

狂いそこねてしまった

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