通称Cスペシャル。
36口径のリボルバー、つまりハンドガンだ。
いくら銃を携帯していても勝てない相手がいることは知っている。
けれどこの銃には過去に二度も命を救ってもらったのだ。
御守りとして持っていても罰は当たるまい。
まあ、弾は入れるんだけど。
シリンダーに5発分の弾を込め、腰のホルスターに収めると足早に駅へ向かう。

逃げるなよと脅されてから2日、あれからどうしたらうまく仕事をサボれるかを真剣に考えていた。
無視をすることは得策とは言えず、そもそも不可能だと知っている。
あくまでも円満に彼らと顔を合わせない理由がほしいだけの私はすぐさまインターネットを開いてそれらしい言い訳を探した。
体調不良、親戚の法事、思い切ってそのまま退職、などなど…仕事を休みたい人ってたくさんいるんだなとなんだかシンパシーを感じていると、思いがけず画面下の資格取得の広告に目が留まったのだった。

目的地へ向かうための列車の中は田舎からの出発のためか空席が目立つ。
そんな中、真っ先に窓のある席を確保してこの巨大な鉄のマシンに呼吸を促すように外の空気をいれてやるとようやく少し気持ちが落ち着いてきて、ふとハンター試験を受けたいから休暇が欲しいなどと申し出た昨夜のことを思い出した。クロロの返事は「勝手にしろ」の一言のみで、予想に反して即応されてしまい少したじろいだのは記憶に新しい。
食い下がるための文句も考えていたんだけどな。

みるみると変わる景色を眺め、何度か乗り継ぎ、降り立った街で持参した地図の示す通りに進んだ、はずだったのだけど。
なぜかご飯屋さんに着いてしまった。たしかにお腹は減っているけれど、いやそんなバカな。
しばらく入り口の前で首を捻っていると明らかに堅気でない男が私の横をすり抜けて店へ入っていく。
それも1人や2人ではないと気づいて私もあとに続くと彼らはみな口をそろえてステーキ定食を注文し、決まり文句のように弱火でじっくりと焼き加減を指定すれば店員に奥へと促されて消えていくではないか。
後につづかなければと焦って店員に声をかけると、すでに店に居た狐のような目をした男と声が重なった。
早い者順なら彼のほうだと思い先を譲ると、彼は悪いねと一言ことわって、案の定ステーキ定食を注文する。それも3人前だ。
彼の背後には男の子と青年と、おじさん?
ふーん、奇妙な組み合せ。あんなに小さい子でも受けるんだ。金髪の青年は私と同い年くらいかな。あのおじさん、背たかーい、カバンの中は何が入ってるんだろう。
しばらく物思いに耽っていると奥から狐目の男が1人で戻ってきた。
注文が3人前だったのはそういうわけかと納得していたら、にんまりという言葉がぴったりの目がいつまでも入口で突っ立っている私を見る。

「いいのかい?注文しなくて」

はっとして厨房を見れば店員が少々苛立った顔でこちらをみていた。

「ステーキ定食、弱火でじっくり」

もしここが殺し合いの場なら、この数秒の間に距離を詰められて首の頸動脈をブスリ、今ごろ走馬灯をみているころだ。
情けないなあ、今からこんなに隙だらけで大丈夫だろうか。
独特な、獣のような匂いのする彼にお礼を言って、案内された部屋へ急ぎ足でむかう。

地下へ続くエレベーターの中にはオーダーした料理が用意されていた。
形式だけじゃないのね。
ちょうど空腹だったのでありがたくいただくことにすると、おそろしく生焼けだ。
強火で素早く調理したらしい。やっぱり形式だけか。
チャーハンなら美味しかったのになあと宙を仰いでいるとズンと体が浮く感覚がして最下階に着いたのだと気づく。

地下は薄暗くコンクリートの壁が声を響かせて、雰囲気でいうと地下駐車場のような感じだ。
「こんにちは」という声がして見下ろすとずいぶんと小柄で可愛らしいマスコットのような男の子がこちらを見ていた。
この子も受験生なのかな。
そう思っているとその小さな手には406のナンバープレートが。
これを身につけて試験開始までしばらくお待ちくださいと愛想よく私に手渡すと丁寧に一礼、その所作を見てようやく彼が大人で、しかもハンター協会員なのだと気づき同時に頭を下げた。

そんなときだった。
とんでもなく嫌なオーラを感じて身を固めた直後、少し離れた場所から男の叫び声が聞こえた。
関わってはいけない、見てはいけないと分かってはいてもそれを確認せずにはいられずに皆の注目する先を目で追うと、試験開始前なのになにやら揉めているらしかった。
喧嘩というよりは一方的に虐げられているようだったけど、そんなことより暴行している側の男の不気味なオーラと奇抜な容姿に目が離せない。
念、隠さないんだ、とか呑気に構えている場合ではないのだけど、あの強烈なオーラと佇まいは旅団と対等に闘えそうなくらいで、思考が追いついていないのだ。

「プレートナンバー44番のヒソカだよ」

息を止めていたらしく声をかけられたことで呼吸を取り戻すと彼はフレンドリーに缶ジュースを手渡しながら自身をトンパと名乗るが、それよりも、ヒソカだ。
それはクロロからきいた旅団員の名前と一致している。
となるとまだ顔を合わせていない団員のうちのひとりってまさか。
トンパの話では彼は二度目の受験だが前回は気に入らない試験官を半殺しにして失格になったと言う。
ここまで聞いてまさか同じ名前の別人なんてことは思わない。
目の前のおしゃべりなおじさんの話し声がたちまち立体感のないものへ変化していく。

「…帰ろうかなあ」

思わずそう呟くと、ええっと驚いたように声を上げ、とりあえずジュースでも飲んで落ち着きなよなどと言い笑うものだからいい加減うっとおしくなって缶を突き返した。
どうしたものかと考えにふけっていると、ジリリリとけたたましい音が響く。
騒音のベルで受付終了を知らせたその紳士は、口元の上でくるんとカールした髭が特徴的。

どうやらそろそろ試験が始まるらしいけれど、私はヒソカにどう声をかけるべきか頭を抱えるのだった。

錯乱を望んではいない

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