余命宣告されたわけではないないけど、ここ数日いつ死んでもおかしくないような日々が続いていた。
もとはといえばあの女、旅団に手紙なんか出した彼女こそがことの発端で、まあそのおかげで常々辞めようと思っていた仕事からはうまいこと逃げられたのだけど、また別の問題がついて回っているのだから不運だと思う。
私はネガティブなんだろうか。
ああ、試験が終わったら旅団の仕事があるのかな、人殺しはしたくないな。
こんなこと思ってるとまた想像の中のフェイタンが“殺してないよ“だなんて言ってくるけれど、拷問だって勘弁してほしい。

試験はいまのところやさしく、周りの受験生も戦って死ぬほどの強者はそれほどいない。
三次四次と試験が続くかもしれないし、なるべく長く残れるようにしたいな。
問題のヒソカとは万が一試験で敵対することになっても真っ先に勝ちを譲るつもりだし、そもそも旅団の奴隷である私が彼に楯突くなど考えられないので、あとは彼自身が一体どんな人物なのかによるのだけど、あまりにも強烈な第一印象だったために話しかけるのが億劫だ。
さっきだって試験管にトランプ投げつけて喧嘩売ってたし。おっかないよ。
もしかしてクロロから話くらいは聞いているかな、そしたら案外向こうから気さくに話しかけてくれたりして。

晴れない霧の中、誰かの影とすれ違う。
あ、ご飯屋さんにいた男の子。
思わず目を凝らしたのは、その影が私を追い抜いた訳ではなく調子よく前方を走っていたはずなのに進路と反対の方向へ走っていったからだった。
一緒に走っていたらしい小さな人影が「ゴン」と呼ぶのが聞こえる。子供の声だ。
すごいなあ、若いって言葉よりも幼いが似合うくらいの年齢の子が先頭を走っているなんて。
それにしてもなんで逆方向にいったんだろう。
振り返ってみるが、少年の姿はもうどこにもなかった。

仲良しごっこではないのは重々承知しているが、チームを組んで行動している人もいるみたいだし、私はゴンという少年もそうだと思っていた。
ほら、あの時一緒にいた金髪の青年と、背の高いおじさん、それと私の前を走る少年も。
霧が晴れてきたころ、地に足が着くたびにふわふわと揺れる銀色の髪を眺めながらそんなことを思っていると、試験管は体育館のような建物の前で立ち止まって、「お疲れさまでした」と淡々とした様子で話す。
どうやら一次試験はここまでらしく、時間までしばらく待つと言うので木陰に腰掛けて休むことにした。

ゴンくんはどこまで戻っていったんだろう。
うつらうつらと、さっきまでの湿気が嘘みたいに気持ちのいい風に身をあずけて、あの少年の顔を思い出していた。
何かを心配しているような、決意したような、そんな表情だった気がする。
しばらくすると走り終えた受験生たちの声であたりがザワついてきた。
そろそろ時間のようだけど、あまりにも心地よいまどろみに目を開ける気になれず眠りに落ちそうになっていると、
一際目立つ子供の声が「レオリオ!」と声を上げたのではっとして瞼をあげた。ゴンくんだ。
目を開けた先にはやはりチームなのか、思っていた通りの4人が一緒にいて、なんでかおじさんは顔を酷く腫らしていた。

時計の針が正午をさして扉が開くと、2人の試験管が二次試験の開始を知らせる。
まだ少しぼんやりしている頭で話を聞けば試験内容は料理だというので、ようやく立ち上がって課題である豚の丸焼きをつくるためハントに向かうと、ありがたいことに豚の方から会いにきてくれた。
まさに猪突猛進という感じで一心に向かってくるが、こんなことくらいはわけない。
なるべく苦しみませんようにと願いながら飛び上がり頭上に拳を食らわせればいともたやすく絶命した。
可哀想だなんて思ってしまうけど、結局は我が身が一番なので他の受験生と同じように丸焼きにして試験管ブハラのもとへ向かうのだ。
彼は大柄で見るからに大食いだが、その想像を超える勢いで次々に皿を空けていく。
あれよあれよと胃に収めると、70人目の豚でようやくお腹いっぱい、と満足そうに言った。

圧倒されてしばらく気が付かなかったが、どうやら次の試験に進むようでもう一人の試験管メンチが課題の説明をはじめた。
「スシはスシでもニギリズシよ!」といわれても、聞き慣れない料理名にみんな首を傾げているし、私もまったく手が動かない。
どうやら魚を使うらしいということがわかりみんな釣りに行ったみたいなので私もそろそろ川へいこうと思っていた矢先、ふと銀髪の少年がこちらに近づいてくるのが見えたので目で追うと、少年が立ち止まったところで上から「ちょっといい?」と声が降ってきた。
え、私に話しかけてる?
腰掛けた私よりかは高いところから降ってきた声に見上げると、猫目の少年と後ろにゴンくんがひょっこり顔を出している。

「なんでしょう」

「あんたさ、料理できる?」

私はありもので適当に名もない料理をつくることならできるけど、他人にもてなすためのレシピやレパートリーはない。
この手の質問は定義がはっきりしていないから困るんだよね。
なんと返すべきか迷っているとゴンくんが続ける。

「オレたち全然だめで、こういうのって女の人の方が得意かなって思ったんだけど」

持ってきた皿に盛り付けられた“全然だめ”な料理はたしかに独創的すぎて食欲はそそられない気がした。
なんてったってライスにフィッシュが刺さっている。

「それよりかは少しだけ美味しくつくれるかも」

そう言うと、ゴンくんは嬉しそうな顔をして「ほらやっぱり!キルア」と隣の少年の肩を叩いて、続けて「ミトさんも料理上手だもん」となんだか得意気な様子だ。
そしてぱっとこちらを振り返り嫌みのない笑顔で手を差し出した。

「オレはゴン、こっちはキルア。よかったら協力してくれませんか?」

もうほとんど協力する流れになっているしそれを断るつもりもないけれど、ライバルに堂々と頼みにくるこの底なしの素直さ、すごいな。
関心しながら差し出された手をとる。

「いいよ、一緒につくろう」

「ありがとう!ええっと」

「…ああ、なまえです。よろしく」

よろしくとはにかむゴンくんと何故だかそっぽを向いているキルアくんを前に、私は弟の姿を重ねてしまいそうで少しうつむいた。
あんまり期待はしないでね、と予防線をはりながら。

そしてまた片影を殺す

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