そうね、綺麗な殺害、という言葉がぴったり。
飛行船の中でキルアの鮮やかな手捌きを見て思う。

「二次試験ではどーも」

私の視線に気づいてばつの悪そうにしているところに話しかけると少年はいっそう怪訝に眉をしかめた。
子供扱いするなよな、とか言われてしまったから渋々呼び捨てすることになったけれど、機嫌を顔に出してしまうあたりはやはり子供で、一人きりで張りつめているような年下の男の子をなんだか放っておく気にはなれなかった。

どーも、とは言ったものの協力を求められた身でありながら全く役に立たなかったのだからなんとなくばつが悪いのは私も同じだ。
ゴンは美味しいといってくれたサーモンとオリーブオイルのスシだけどメンチには「普通ね」と一蹴されて、挙げ句合格者0名と聞いたときには唖然とした。
ネテロ会長の配慮のおかげで課題がゆで卵に変更されて、結局40人くらいは三次試験へ進むことになったけど、実は私のポケットの中にはまだクモワシの卵が眠っている。
温めたら産まれるかな、なんて。

「あんたさ、これみてなんとも思わないの?」

キルアが顎を向けた先の死体を見る。
正直気持ち悪いしあまり長時間ここにいたくはないのだけど、私がいままでみた中でもトップクラスに綺麗な死体なのは確かだった。
切り口に迷いがなく断面がくっきり見えていて、繋げたら癒着してくっつきそうなくらい。
この感想をいったいなんと口にすればいいのかわからなくて、「繋げたらくっつきそうだね」と言ったのは我ながらサイコっぽいなとは思うけど、気持ち悪いものを見る目でこちらを見据るのはやめてほしい。

「オレ会場に着くまで寝るから」

スタスタと通り過ぎていった彼の背中がついて来るなと言っている。
せめて誤解を解かせて欲しかったけど、少年の張りつめていた表情がすこし和らいでいるような気がしたから何も言わないことにした。


着信が鳴ったのはそれから80時間後のこと。
壁に囲まれたこの場所では風も吹かない。
自身の足音以外は聞こえないくらいの静寂さの中で軽快に鳴るそれに驚いたのも束の間、一人きりの心細さから画面も確認せずに応じると、もしもしと言い終える前にテノールが響く。

「仕事だ。試験はいつ終わる」

きっと今も本を読んでいる、淡白な表情が目に浮かんだ。

「いま三次試験ですけど、いつ終わるかはわかりません」

「三次か、なら試験はあと2、3ってところか」

「ははは、まるで受験したことがあるみたいな口振りですね」

「ハンターライセンスは持っていて損はないからな」

はは、確かにね。ははは…え…。
あまりにも淡々とした様子で話すから動揺さえもワンテンポ遅れてしまった。
本当に持ってんのかよ、怖いわ幻影旅団。
そのうえ仕事をサボるために受験したのに、この先思いがけず役に立ってしまいそうなのが彼の口振りから分かってしまった。
なんだか癪だけど、そんなことは知ったこっちゃない電話口の男はさっそく仕事の話をしようとしている。
相変わらず自分勝手な人だ。
慌てて聞く姿勢になるけど、彼は要点だけを大雑把に述べたあと、試験がおわったら連絡しろ、とだけ言い残して一方的に通話を切った。
前からそういう人だとは思っていたけれど本当に必要な話以外しないのね。

腕のタイマーを確認すると、試験終了の時間が迫っていた。
80時間ぶりに人と会話して、今回ばかりはクロロに助けられたなと思う。
なにせ一人きりだったから声を発する必要なんてなかったのだ。
生きて下まで降りてくること、制限時間は72時間、それだけ伝えられたあとこのタワーの隠し扉をみつけるまでは良かったけど、“暗闇の道”と書かれた扉の先は大袈裟でなく何も見えず、壁と床の感覚、携帯電話の灯りだけを頼りに下まで降りてようやく地面がコンクリートから土になったのがつい30分前。
どうやら広い空間に出たことはわかったけれどいくら探しても出口がなくて携帯電話の充電もそろそろなくなりそうなとき、クロロから電話がかかってきたのだった。

息を吸い込み、わっと短い声を出す。
耳は良いほうだ。
いろんな方向に声を投げて跳ね返ってきた音を聞いてみると一カ所だけ違和感がある。
やっぱり。コウモリほどの精度はなくても音の反射でこの部屋の広さや壁の厚さくらいはわかりそうだ。
その先500メートルくらいのところに壁があるのを確認してノックしてみると他とは質が違うような違和感。
残り時間1分、一か八か拳にオーラを込めてぶん殴ると案外もろい壁が大きな音とともにハラハラと崩れて、とたんに差し込んだ日の光が眩しくて思わず目を細めた。
すぐに視界は取り戻したものの、すでにゴールしている受験生たちから猛烈に視線を浴びていたので慌てて一歩踏み出したところで三次試験終了の合図が鳴った。

どうやらギリギリ間にあったらしい。
ほっとしていると横からぼそりと声が聞こえてきて、見れば同じように出口付近で立ち止まっているキルアがこちらを見て頬をひきつらせている。
見たところ向こうもギリギリだったみたいだけど、お互い三次試験通過できてよかったね。
ところで、さっきの聞こえてたけど、“怪力女”ってどういうことかしら?

次はお前を殴ろうか?

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