夏の日のどろみ

暑い夏の日のこと。
いつものように彼女は厳重な警備をくぐりぬけて俺の部屋に遊びにきていた。
幼なじみなのだから客人として迎え入れることもできるのに彼女はスリルがないといっていつもそれを拒む。

「いただきまーす」

当たり前のようにソファーに腰掛けて俺への手みやげと思われたデザートを箱から出したかと思うと付属のスプーンを両手に挟んで遠慮なくそう言った彼女を見て相変わらずだと感心する。
ショートパンツから伸びた白くて柔らかそうな彼女の脚はちょうどカーペットにあぐらをかく俺の横に。なまえの方は今更気にもしないのだろうけど、俺は少し距離を置いて座り直す。
やりかけのテレビゲームはコンティニュー?と画面から語りかけていて、それもこれも彼女がアポもなく勢いよく扉を開けたせいだった。
イエスにカーソルを合わせてもう一度先ほどの一面をクリアするために構えると、またも突然に今度はプルプルと揺れるものが視界を埋め尽くして甘い香りが広がった。

なまえが食べていたプリンをあーんとこちらに差し出していることに気づいて思わず固まる。

「なーに?食べないの?」

彼女はきょとんと首を傾げながらスプーンを口元に寄せてくる。

「キルア〜どした〜?」

「…食べる」

いつもこうだ…どっか鈍いというか、自覚がないというか。
こっちのペース乱されまくりでちょっとムカつく。
ムカつくけど、口の中で広がるカラメルとミルクの香りに自分の顔が綻んでいるのがわかった。

「美味しいでしょ!限定品なんだって」

幸せそうに笑うなまえを見てますます表情が緩んでしまいそうだけど…素直に喜べないのは彼女が魅力的なのを知っているから。きっとこのプリンも自分で買ったものじゃない。

「このプリンね、この間常連さんに貰ったのよ。彼もすごく甘党でね、特にプリンが好きみたいなの!お菓子好きの友達がいるって話したら親切に買ってきてくれたの。一緒に食べてね、ですって」

そう、なまえはとても魅力的、と、思う。
いつもニコニコして、優しくて、なにより強い。
こうやって勤め先のケーキ屋でも彼女の好きな甘いものをよく貰ってくるし、順調に彼女目当ての顧客を増やしている。
さっきのプリンだって、彼というからには男から貰ったんだろうし、俺はさらりと友達認定されるし。
途端にカラメルの味が鼻に抜けて口の中に苦味がはしる。
俺はコントローラーを床に置いて、彼女が座る2人掛けのソファーに腰掛けた。

「なに急に?」

彼女はふふ、と機嫌良さそうに笑った。

「なまえはさ、彼氏とかつくんないの?」

「彼氏?」

もしも、実は気になる人がいるなんて言われたらどうしようか。
いや、それなら毎日のように俺の家まで来たりしないか。

彼女は口いっぱいにプリンを頬張って目をぱちくりさせている。
どうでもいいけど分け合うと言っていたはずのそれはもう7割くらいはなまえの胃の中だ。
ゴクンと喉元を通した後、うーんと首をひねった。

「彼氏っていうのがどういう人のこというのか分からないし、私は毎日キルアとこうやっているのが一番楽しいし…いっそキルアが彼氏っていうのは?」

「は!?」

突拍子もない彼女の提案に思わずのけぞってしまった。
いじけるように口をすぼめた彼女の表情に気づいて、唐突に何言出すんだよ、と出掛かった言葉が詰まる。


「…なんちゃって。でも私キルアのこと好きよ?そんなに嫌がられるなんて傷ついちゃうな〜」

「別に嫌がってるとかそういうわけじゃ…ああああもー!」


彼女は言葉とは裏腹にこれっぽっちも傷ついていなさそうで、うなだれている俺をおかしそうに笑っている。
同い年のくせにいつも子供扱いしやがって。

俺は場を制すためにわざとらしく咳払いすると仕返しに彼女の冗談に乗ってやる。


「じゃあ付き合う?」


その言葉がよほど意外だったのか彼女はしばらくフリーズしてしまった。最悪だ。
テレビ画面からはゲームオーバーの虚しいサウンドが小さく鳴っていて気まずさに耐えられそうにない。
俺は彼女の真似をして言う。

「なんちゃって」

そうして視線をはずした。
咄嗟になかったことにしてしまった自分が格好悪くて嫌になる。
なまえのいつになく大人びた表情で見つめられて、毒を飲んだって平気なはずの胃が痛いような気すらする。
目を合わせるのが怖くて窓の外を見てるふりをするけど、ふふという彼女の笑い声に恐る恐る視線を向けた。
そこにはニンマリと笑ういつものなまえがいる。
ほっとしたのも束の間。この顔をしているときの彼女はろくなことを言わない。

「いいよ〜?そのかわりこれからはもうこの家には遊びにはきません」

「は?なんで」

「明日からここに住むからです」

「…一応きくけど、なんで」

「花嫁修業させていただきます!」

真剣な顔してアホみたいなこと言ってるけど、冗談じゃなく大マジらしい。ついでに反論したところで無駄なことも分かっている。
ウキウキするなまえをみて、自分が思うよりも好かれていたんだなと、まあ、満更でもない。
やっぱりこいつちょっと頭おかしいよなあ、なんて呑気に考えたりして。

「勝手にすれば」

という俺の声など聞かないで、彼女はいかに俺の母親に取り入るかをひとり呟いている。
ハッとしたようにようやく振り返ったかと思えば

「キキョウさん、甘いのとしょっぱいのどっちが好きかしら!」

とすっかりいつもの調子に戻っているからようやくゲームに集中できそうだ。
しかもどうやら母親を食い物で釣ろうとしているらしい。

安心しろ、そんなことしなくてもババァはお前のこと結構気に入ってるぞ。