ここにある

やってしまった。
まず頭に浮かんだのはその言葉だった。

そうすれば傷つけることは知っていたのに、自分の苛立ちを吐き出したくてキツくあたってしまった。

「ごめん」

オレがそう言えたのは、ウボォーは帰ってこないとようやく頭で理解してからだった。



ウボォーが鎖野郎のところへ行って数日経ったあの日、少し遅れて仮宿に到着した彼女はいつもみたいに明るくやってきた。

「遅れてごめんなさい!いま到着しました」

ノー天気にそう言うのが憎らしい。
なんで誰もウボォーのことを伝えていないんだ。
彼女が暗い顔をしていれば満足だったのかと聞かれればそんなことはないけど。
ただ、もしも彼女がもう少し早く到着していれば、ウボォーは死ななかったかもしれないと、誰かのせいにしたくなる。

しんと静まり返った中で数人がおかえり、と声をかけるけど、あきらかに様子がおかしいのをみて何かあったのかと訊ねてきた。

「ウボォーがやられたんだ」

そう言ったのは俺だった。
言葉にするとどうしようもなくやりきれなくて目の端が引きつった。
俺は何も聞いてほしくなかったし何も説明したくもなくて動揺して声をかけようとするなまえを見ようともせず立ち上がり早足で部屋にむかった。
それなのに彼女は後ろをハタハタとついてきて声を震わせている。

「待ってシャル、どうして…」

「知らない」

「知らないってどういう」

「ウボォーはなまえのいない間にひとりで敵のところへ行ったっきり今も行方不明だよ」

普段ならこんな風に彼女の言葉を遮ってまでキツくあたったりはしない。
それでもこの日は止められなかった。

「行方不明…ならまだ無事なのかも…」

「ウボォーが時間に細かいの知ってるだろ。もう2日も経つんだ。あーあ、なまえが遅れて来なかったらこんなことにならなかったかもね。ウボォーなまえの説得に弱かったから」

それはほんのじゃれ合いの場でのことであって、一度決めたことは誰が何を言っても聞かないことはオレもなまえも知っていた。

だから泣くとは思わなかった。
だって、いつもなら俺の気の済むまで話を聞いて、優しい言葉をくれるから。
彼女がいなかった間ひとりで抱えていたものを彼女にも知ってほしかったから。

違う。

本当は全部押し付けてしまいたかったし彼女を傷つけてしまいたいと思っていた。
それでもそんな顔はみたくなかったなんて自分の薄汚い感情に吐き気がする。

「ごめん」

声もださず表情も変えずただぽろぽろと涙を零して限界を知らせているのに、彼女が紡ぐのはその一言だけだった。
こちらが先に言わなければいけないセリフだ。

コンクリートの床にポタポタと黒いシミをつくっても、深く息を吸い込んでも、もう泣くまいと息を止めても、彼女は悲しさも苦しさも顔には出さなかった。ただ最後にぐっと下唇を噛んで踵をかえした。
引き止める権利なんて俺にはない。

自分の不満や怒りは彼女の五感を経由して彼女の気持ちと混ざり合いながら吐く息とともに浄化されているんだと思っていた。
そんなわけない。悲しみも苦しみも自分だけのものでそれはなまえだって同じだ。

謝らなきゃ。そう思うのに動けない。
今はだめだと知っている。彼女のはけ口は俺ではないから。

もう一度廊下を振り返るとこちらを振り返らない彼女がフィンクスの自室をノックするのが見えた。




あの日以来はじめて会う彼女はいつものように笑っていた。

「あんまいじめんなよな」

泣かせたその日フィンクスに言われたのはそれだけだった。
もっと激高してくるかと思っていたけど、どうやらなまえはそこまで酷くオレのことを言わなかったらしい。
そうじゃないならすごく惨めだ。

「なまえ」
「あ、シャルー。この間はごめんね、ちょっと動揺しちゃって」
「こっちこそごめん、完全に八つ当たり」
「いいの。私はシャルの愚痴要因だから」

そう言う彼女は俺に気を使わせないように笑っている。
それでなまえの愚痴はフィンクスが聞くわけ?と、でかかったけど飲み込んだ。

「なまえ」
「ん?」
「たまにはオレも愚痴きくけど?」

そういうと鼻にシワを刻んで彼女の独特な笑顔を見せてくれる。
やっぱりその顔が一番好きだ。

「それじゃあ今度ケーキバイキングつきあって!」
「おやすいご用」


吐きそうなくらいの胸の焦がれも、手に入れたいと思う衝動もすべて飲み込む。
それでまたなまえの笑った顔を見て報わてしまう自分に情けなくて少し笑った。

あとがき

誰夢と書いてよいか分からず迷いましたが一応シャル視点なのでシャル夢で。