きっと目があっていたのは1秒もない。それなのに身体は凍ったかのように動かなくなった。黒髪の男は口を『いた』と動かした。私に向けて言っていた、と結び付けられたのは先日の死柄木弔の言葉があったから。


『お前をヴィラン連合に引き入れる』

『今度は一緒に帰ろうな?』


もしかして、と考えつくには充分な状況だった。けど、こんな先生達やプロヒーローもいるなかで襲撃してくるなんて。捕まえてくれと言っているようなものだ。もし仮に攫いたいならば、下校途中や一人でアパートにいる時など、いくらでも時間はある。何人で来ているのかは分からないが、余程自信があるのか。

あぁ、違う。
わたしの中の悪意がそう告げた。
きっとこいつらは敢えて襲ってきている。こんな状況だからこそ、成功すれば雄英の信用は地に落ちるだろう。

それにきっと、狙っているのは私じゃない。もし、私が目当てなら黒髪の男だけでなく、もっと人数を集めるだろう。それも私は今相澤先生とブラド先生というプロヒーローの側にいる。いくら自信があるとはいえ、プロヒーロー2名のところに1人で乗り込んでくるだろうか。
もしかしたら、狙いは別にある……?
回らない頭で必死に考えるが、狙いが何か皆目見当がつかない。いつもはもっと小狡く働く頭も、2度目のヴィランとの対峙で上手く稼働しなかった。窓の近くで様子を伺う上鳴くんや切島くんたちが何か言っている気がしたが、聞こえているのに頭の中で処理されないくらいに。
意識を集中させて彼らの声を聞くと、「名前!あぶねーから下がってろ!」と懸念する声だった。
そんなこと言われる前に、私の脚はもう恐怖でじりじりと後退していた。ギジリと床が鳴る。背中に冷たい壁の感触を得て、戦闘が行われている方向の反対側にまで逃げていたのだと気づいた。こんなにも情けないとは。何で皆はそんなに平気な顔していられるんだろう。怖くないんだろうか。
これが、ヴィランと戦った者とそうでない者との差なのか。
この間、死柄木弔に宣誓された時も私は何もできなかった。足が竦んで動けなかった。それから何も変わってない。みんなを遠ざけておいて、それなのに今は酷い態度をとった上鳴くんたちに守られている。情けない。

弱い私はそうやって自分を呪うしかできなかった。


相澤先生とブラド先生と黒髪の男との戦闘の決着が着くのは早かった。相澤先生が男の背中に乗り、腕を捻り上げる。黒い炎は相澤先生が無効化しているようだった。
もう大丈夫なのかな…?
ほっと肩をなでおろすと、後ろにあった窓から生ぬるい風が頬を掠めていく。何事かと振り返る前に突然首筋を叩かれた。
トンっといつかのように音がしたかと思えば、意識が途切れていく、あの感覚。


「あ……?」
「油断しちゃダメだろ"ヒーロー"。迎えに来たよ」
「誰だテメー?!」
「――――っ、名前!!!」



最後に見えたのはシルクハットとマスクをつけた男の姿。その後ろには開いた窓。そこからはうまく体が動かなくて、目も閉じていって。上鳴くんたちが私の名前を呼ぶ声だけが、やけに耳に残った。


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