制服同様、真新しいジャージに着替えて、準備を行う。このあとはヒーロー基礎学で、なんとバスで移動するらしい!流石雄英。広すぎて良く分かんなくなりそう。
グラウンドに着き、軽く準備体操を行う。先生はスマホのようなものを取り出しながら簡単にテストの内容を説明した。そして、ああと思い出したように私の顔を見る。

「そのままじゃ個性使えねぇんだよな?」
「……そう、です」

自分の個性の融通の無さに嫌になる。でも、頑張らなきゃ。1番になると決めたんだから。そう自分を奮い立たせないと私の傷だらけのプライドは今にも崩れてしまいそうだった。

「なら……おい切島!ちょっと来い」

名前を呼ばれた切島くんは、はい!と爽やかに返事をして私の前に駆け寄ってきた。

「お前ちょっと硬化しろ」
「え?あ、ッス!」

いきなり何だというような感じで、不思議そうな顔をしながらビキッと全身を硬化させる。おお、ちょっとかっこいい。先生はそれを見ながら私を指差し、不思議そうに私を見つめる切島君に命令した。

「んじゃ、そのままこいつの指とかどこでもいいから薄く切れ」
「え?!」
「ごめん、お願いしていい?」
「え!?いや、どういうことッスか!」

切島くんは訳がわからないという様に動揺を隠さなかった。彼がそう思うのも仕方がない。言葉足らず過ぎたなと気付いた。確かに、いきなり初めて会った人を傷つけろと言われて、分かりましたとなる人はあまりいないだろう。ヒーローを志ざす者なら尚更。他の生徒からも何が起きたと騒然とした。

「えっと、私自身への個性の発動条件は自分の血を口に含まなきゃいけなくて。でも自傷は無効だから、怪我してない時は誰かに傷つけてもらってるんです。ほんと、いきなりごめんね」
「あ、あぁ」
「ほら、早くしろ」
「なんか漢らしくねぇ気もすっけど、そういうことなら…!」

そう言うと彼は私の手の甲にほんとに薄く切れ込みをいれた。ぷくりとそこから血が滲み出てくる。よし、これで大丈夫。切島君に礼をいい、早速50m走からスタートとなった。みんなが見てる中、一人でって言うのは凄く恥ずかしい。先生を少しだけ縋るような目で見たけれど、気づかれることはなかった。

「準備出来たら手挙げろ。向こうにいる。」
「はい…」

先生はそのまますたすたと向こう側に行く。私は少しがっかりしながらも位置につく前に、先程からぽたりと溢れる自分の血を舐める。私にとっては嗅ぎなれた匂いと、鉄の味。そのまま頭の中で3%くらいかなと数字を思い浮かべる。
そのままぱん、と小気味良い音がなる。スタート。
私は思いっきり足に力を込めると全力で地面を蹴飛ばした。風が頬を切る。ゴール先にいた先生から3秒52、と測定結果を伝えられた。こんなに、個性をしっかり使えたのが久々すぎてちょっと加減が難しかったが、 3%でも充分過ぎるくらい威力を発揮できた。 クラスの皆からはおおおと歓声が上がった。恥ずかしさもあるが、ちょっとだけ嬉しい気持ちもあり擽ったかった。

「まじ一瞬じゃん!」
「すごーい!緑谷みたいな増強型ってこと?!」
「えっと、あはは…」

違う、ほんとは増強型なんかじゃない。私の個性はもっと、人を傷つけるものだ。でもそんなこと認めたくなくて曖昧に笑っては次の競技何かななんて話を逸らした。
それからハンドボール投げや持久走、上体起こしや反復横飛びなんかを順番に行っていった。結果がいいやつもあれば、そこまで記録が伸びないのもある。持久走が終わったあとなんかはお前の個性は持続性に欠けると先生から指摘を受けた。手厳しい。そんなこんなですべての項目が終わり、先生は片付けするように私達に声をかけ、職員室へと向かってしまった。

「名前ちゃんすごいね!かっこ良かったよ!」
「麗日ちゃん。なんか照れるけど……ありがとう。でも持久力、課題だなって気付かされたよ」
「あはは、相澤先生厳しいよね。そういえばあんまり褒めてくれたこと無いなぁ」

麗日ちゃんと談笑していると、片付けが終わったのか、皆が同じ所に集合した。どうやら飯田くんの指示らしい。飯田くんはこう、委員長キャラだなぁと笑みがこぼれた。すると金髪の子と蛙吹さんも声をかけてくれた。

そこまでは、良かった。楽しいなって。雄英来て良かったかもなんて、甘いことを感じていた。
ここから、私は少しの間だけ忘れていた激情を思い出すことになる。

「名前すげぇな!血とか舐めてるのなんかエロいし!」
「とても素敵な個性ね。名前ちゃん、私思ったことは全部言っちゃう性格なんだけれど、あなたの個性、」


ニュースで見たヒーロー殺しの個性と発動条件が似ているわ


蛙吹さんの声が遠くで聞こえる気がした。それと同時に、あの子から言われた言葉が頭の中で反芻される。




『あんただって、いつかステインみたいに、人を殺すのよ』


蛙吹さんの放った言葉はこれまでピンと張り詰めていた私の理性を断ち切るには充分だった。



        main   

ALICE+