焼き肉を食べ終え、みんながお風呂に入っている頃…
早くに風呂を上がった名前は1人どうしようかと悩む。無性に炭酸が飲みたい。これはあのシュワシュワが喉を通るまで収まらない欲求だ。しかし、相澤先生に許可をとってまでコンビニに向かうのも面倒だ……それにきっと私は夜に1人で出歩くことは許されない気がする。けど、人間の欲というのは中々手強いもので。仕方ない、呆れられて追い返されるのを覚悟で先生に頼んでみようと、宿直室へと向かう。すると途中の廊下で、風呂上りの轟と出会った。

「何してんだ?」
「轟くんこそ……私は先生に外出許可もらおうと思って」
「どこか行くのか」
「炭酸飲みたくて。却下されるの目に見えてるけど挑戦してみようかと」
「炭酸……あ、俺ので良ければやるぞ」
「えっ」

そのまま名前が来た道を引き返す形で進む轟に戸惑いながら話を聞く。轟が言うには夕方に行ったスーパーで夏祭りにあるような小さな出店があり、何となく惹かれてやってしまったくじの景品だという。とりあえず部屋の冷蔵庫に入れているらしい。和室にリフォームされた部屋に驚きつつも、お邪魔しますと足を踏み入れた。男子の部屋…というより、旅館のような雰囲気があり緊張はしなかった。
冷蔵庫へと向かった彼は、バタンと後ろ手に閉めながら透き通った水色の瓶を差し出した。

「ラムネ?」
「あぁ。2つあるから飲みたいなら持ってけ」
「嬉しいけど…いいの?」
「いい。じゃなきゃこっちから言ってねーよ」
「…それもそっか。じゃあお言葉に甘えて」

思わぬ展開にラッキーと頬を緩め受け取る。ヒヤリとしたそれは手に吸い付くようだった。鞄の財布を取り出そうとするとお代もいらないと言われてしまう。優しい彼に、名前は今度お礼に何かお菓子でもあげようと心の内で計画した。少しだけ風が吹いている涼しい夜だった。せっかくだからと、窓を開けて一緒に飲もうということになる。ここまで男子の部屋に長居していいのか、それもイケメンの轟くんの部屋に。透あたりが聞いたら羨ましい!と憤慨しそうだ。けどまだ皆がお風呂から上がった様子は無いし、飲み終わったらすぐにでもお暇しよう。

「なぁ」
「ん?」
「これどうやって開けるんだ?」
「え?」

先程からラムネを引っくり返したり謎の動きを見せていた轟くん。もしやと思い声をかければ、案の定というか、彼はラムネを飲んだことはあっても、開けたことはないらしい。坊っちゃんか。そういえばこの人エンデヴァーの息子だった。坊ちゃんだ。
笑いを噛み殺しながら、説明を行う。ラムネを開けようとするとどうやっても零れてしまうので、洗面台の方へと向かう。こうやるんだよ、と見本を示すと勢い良く溢れるラムネに轟くんは目を丸くした。

「失敗じゃねぇのか」
「成功ですー。はい、轟くんもやってみましょうねー」
「子供扱いすんじゃねぇよ」

子どもに促すように言えば、ぎろりと睨まれてしまった。イケメンの怒り顔は怖いというけど、本当だった。調子乗るのやめよう。
轟くんが上から下に向けて力を込めながら蓋のような部品を押しこむ。ガンっと大きな音と共に白い泡が次々溢れていった。すぐに泡は落ち着き、透明で小さな泡が室内灯で揺れていた。

「炭酸つよいな…」
「風呂上りだとサイコーだね」
「手ぇベタベタだけどな」
「いや洗ってきなよ」
「そうする」

からん、と音がする。

「……この中のビー玉、小さい頃欲しくなかった?」
「欲しかったのか?」
「うん。他の売ってるビー玉より、これだけキラキラして見えてた」

それから会話が途切れたり、また他愛もない話をしたり、時間がいつもよりゆっくり流れている気がした。あまり話をしたことない彼だったけれど、話さなくてもいい雰囲気がある…というか、一緒にいて楽だなぁ。黙っていても心地良い。

時々ビー玉がガラス瓶の中で鳴る音も相まって、暑い夜が涼しい気がした。不意に隣の轟くんが口を開いた。

「……1つ聞いていいか」
「んー?」
「………自分の親のこと、どう思ってる」
「……直球だなぁ…」

長い沈黙の後にされた問いに、名前は何て答えていいか分からなくなる。困ったように眉を下げる彼女を見て悪い、と轟は目を逸らした。

「デリケートな問題に踏み込むもんじゃねぇよな」
「……誰かに言われたの、?」
「いや、言った方」

轟は合宿の時に洸汰について心配する緑谷に、自身がかけた言葉を思い出す。ズケズケ入り込んでいってるのは自分もか、と自重した。
中身の少なくなったラムネを撫でるように触りながら、ぽつりと名前は話し始める。彼だからこそ、話せると思った。


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