ごめんね
酷い私は、轟くんの部屋で轟くんにベットに押し倒されて、キスされてる。
舌は絡まないこそ、唇を食むこのキスは恋人同士のものだ。
私たち、付き合ってたっけって錯覚するような甘いキス。でも付き合ってないんだ。いや、そうなればいいなって思ってはいたけど。それは私の一方的な片思いで。けど、恋なんて興味も無さそうな彼とそういう関係になるなんてこれっぽっちも願ってなくて。ただ、側で応援するフォロワー、よりもちょっと上の同期のヒーローくらいになれればいいなって。少し欲張りな私は、それぐらいの関係が欲しくて。けど私じゃサイドキック止まりかな。
あれ、なに考えてたんだっけ
頭がぼーっとする。
甘い匂い。
そうだ、これだ。ミッドナイト先生がくれた、えっと。
『青くさいこと、してきてらっしゃい。シンデレラになれる、魔法みたいなものよ』
そう言われて手渡されたのは、コロンとした小さな丸い瓶に入った香水。その魔法をかけて、轟くんに会いに行ったのだ。
彼の部屋のドアの前で少しだけ話したら、轟くんが私の手を掴んで部屋に引き入れた。驚いたけど、自分自身"魔法"の香りのせいで少し酔っていて、あとは、打算と期待。そのまま流れるみたいに唇はかさなった。
あぁ、私狡いどころか、最低だ。
彼の気持ちは無視で、それも分かった上で、誘惑する香りを身に纏っている。
ごめんね、轟くん。
朝起きたらきっと忘れてるから、今だけ。ごめんね。大好きなの。
なのに、狡い私はやっぱり彼の偽物じゃないキスが欲しくて。惑わされたんじゃなく、優しくて強くて少しだけ抜けた轟くんがほしい。
ぽろぽろと涙が溢れる。自分でしといて泣くなんて、馬鹿みたい。弱虫、泣き虫。
「名前……いい、匂いするな」
「っ、ごめんね……」
「何で、謝るんだ…?」
「ん、なんでも……ないよ」
キスの空間に交わされる会話にも胸が痛くて仕方ない。幸せなのに、死にたくなる。もうだめだ、早く忘れたい。いや、ちょっと嘘。キスできたのは、嬉しかった。これだけで生きていけるよ私。辛いことも乗り越えられるよ。誰にも言わない。ミッドナイト先生にも、誰にも。絶対言わないで、自分だけの秘密にする。
ごめんね、轟くん。私ばっかり幸せだ。だから、
これで、最後にする。
そう決めたのに、惜しむように離した唇。腰や頭にに回された手をゆっくり解いて、おやすみと呟く。『オヤスミ』が彼を眠りにつかせる魔法の言葉だって。ミッドナイトの説明はそれだけだった。
目を瞑る彼を確認しそのままベッドを後にしようと立ちあがると、勢い良く後ろに引っ張られる。スプリングがぎしりと鳴って部屋に響いた。
訳も分からずぱちくりと音がなるくらい瞬きをする。向こう側には微笑む轟くん。あれ、なんで、眠くなるんじゃないの?
「……ミッドナイトに感謝だな」
「……え…?」
「やっと名前から、動いてくれた」
くすくすと笑う彼に、意味が分からないのは私だけで。けどずるい私はどこか合点がいってて。零れたのは情けない声。
「えっと、待って……どういうこと?」
「人を惑わせる香水なんて、ミッドナイトでも作れねぇよ」
「だ、だって…轟くん、現に私にキス、したのに」
「好きな奴とはしてぇだろ」
「待って、じゃあ……騙されたフリ……?」
「あぁ」
「わ、ウソ…は、…待って、無理、恥ずかしくて死んじゃう……えぇ…?!」
「くく……騙されたか?」
「騙された……だって、先生が…!」
「あぁ、協力者。俺の」
「私にじゃないの…!?」
「言われただろ?青くさいことしてこいって」
「確かに…なんか、安っぽい映画みたいで、まだ信じられないんだけど……夢かもって頭のどっかで」
待って待ってと、まだ釈然としない気持ちをそのまま伝えれば、轟くんは少し困った顔をして、呟く。
「俺が言ったこと、信じられないって顔だな」
「だってそうだし…!」
「俺は、お前が好きだって言ってるだろ」
「言ってないよ……!!」
そんな不意打ちは卑怯だと顔を覆えば、ゆっくりと解かれる。きっと私、顔真っ赤だ。あつい。血液沸騰してるみたい。
その向こうで轟くんは優しい顔をしてる。そんな顔、見せたことないくせに。ほんとに私のこと好きなのかなって思ってしまう。
まだどっかで、信じきれていないんだ。
でも、彼は待ってくれなくて。
「名前、キスしていいか」
「や、待って、ちょっと訳分かんなくて、今は無理……」
「今じゃなければいいんだな」
「え、わ、違うけど……違くない」
「ははは……じゃあ、あと10秒な」
「短すぎないっ?!」
「はい、なな、ろく、ごー」
「や、だって、」
「ほら、目ぇ瞑らねぇとダメだろ」
「…は、い」
「いい加減信じたか?」
「う、ん……」
「じゃあ、もう1回」
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