「なぁ、名前を攻略するにはどうすればいいと思う」


ある昼下がりのことだった。いつものように飯田と緑谷と轟が昼食を食べていると、珍しい質問を轟が二人に投げかける。突然の質問に2人は目を丸くするも、真面目ということもありすぐに論議が始まった。

「僕的には名前さんには正面突破が良いと思うんだよね」
「うぅむ……正面突破となると彼女の懐に入るということか?」
「いや、何ていうか……名前さんは策略とかが得意だから、考える暇を与えないっていうのかな。焦れば視野が狭くなると思うんだ」
「なるほど。名前のペースに持っていかないように先に手を打つのか」
「あとはやっぱり長期決戦かな…あ、でも最近は持久力に力入れてるから、敢えて攻めまくるのがいいかも」

ふんふんと話を聞く轟に改めて緑谷は熱心だな、と感服する。しかし、次のヒーロー基礎学は確か災害救助だったよなと思いながら、他の方法やパターンを考えていった。

そして緑谷は後悔する。



「名前」
「ん?どうした…っ?!」

帰りのHRも終わり、帰ろうかなんてそこらから聞こえてきた時。日直だった名前が黒板の文字を消している所に轟が話しかける。目立つ位置にいる2人…というか、轟が女子に話しかけること自体珍しいため皆が何だ何だと注目した。そんな中で、全員が目を疑う事件が起こる。黒板を背にした名前に轟がそっと手を伸ばし、どん!と大きな音を立てて迫ったのだ。

「や、びっくりするよ、どしたの轟くん」
「壁ドン…どきっとしたか」
「え、ちょっと古くないかな…」
「そうか」
「今は、えっと海外の壁ドンとかもあるとか」
「?知らない」
「えーと、例えば廊下とかで…」

いや説明すんのかよ!!

そこにいる全員からツッコミが入る。そもそも何故轟がそんならしくないことをしたのかと皆が騒ぎ立てる。それを聞いて名前もそれもそうだと我に返った。

「?なんかおかしいか」
「いや、いつもと違うからびっくりしてる」
「緑谷から言われた」
「えっ?僕?」
「名前を攻略するには、正面突破」
「待って攻略ってそっち?!」


自分が思い描いていたのはあくまで対戦でのことだ。それに加え間接的に告白されたような名前はぱくぱくと口を動かしている。その姿を見て、轟はほんとだなと呟いた。

「正面からだと、照れるんだな」
「わ、待って、ちょっと」
「可愛い」
「っ、梅雨ちゃん!ヘルプ!」
「えっ、分かったわ!」

キャパオーバーになった名前は蛙水に助けを求め、その長い舌で救出?された。そのまま逃げるように教室を飛び出す2人に周囲は呆気にとられる。ただ一人、動じていないのは轟だけだった。

「次は、あごくい?とかをしてみようかと思うんだが」
「えっと、止めといた方が…」
「あと名前が言っていた洋画風の壁ドンも気になる」

あ、こいつ諦めてないなと残された面々は思う。それからA組では毎日のように轟の猛アタックが始まった。


「名前、一緒に飯食べに行かないか」
「一緒に帰ろう」
「買い物か?俺も着いてってはだめか」
「名前の料理は美味いな」
「寒くないか?」
「名前、可愛い」



「むり…いけめんに殺される」
「あははは。ウチらはあんな轟見れて楽しいけどね」
「それにしても轟くん凄いね。押せ押せって感じ」
「で、名前的にはどうなの?」
「あんなにアピールされて、気にしないほど鈍感じゃないもの」
「あはは、だよね」
「返事したの?」
「返事もなにも、好きとかは言われてないんだよ。謎」
「えっ、意外。もう言われてるもんだと」
「ね。何がしたいんだか…けど、何か名前呼ばれるたびに意識しちゃって、女の子みたいじゃん」
「女の子だよ…」
「なんか!私はこう!余裕のある人になりたかったの!」
「無いもんね、余裕」
「ゼロに近いよ。緑谷くん凄い。私こんなに正面突破苦手だなんて思わなかった」
「んふふ。見てる方はニヤニヤやけどね」
「おーい、名前。今日日直だろ。先生呼んでる」
「わ、ごめん瀬呂くん。ありがとう」


そういえばと思い出し、職員室へと小走りで向かう。午後の授業前には先生の雑務を手伝わなければならないのだ。そう言えば、あのアプローチが始まったのも私が日直の時だった。あれから既に10日近く経ったということか。時の流れって怖い。そう思いながら職員室のドアを開く。

「相澤先生、これは男子に頼む量では」
「筋トレだと思え。はい、ゴー」
「私は犬ですか…」
「あ、そういえば」
「はい?」
「轟と付き合ってんのか」
「ば、なっ、誰がそんなこと!」
「数日前にオールマイトと共にお前の攻略の方法を相談を受けた」
「先生達にまでっ?!」
「恋愛すんなとは言わねぇけど、授業に差し支えるならやめとけよ」
「相澤先生にそんなこと言われるなんて…!」

もう!と怒りを覚えながら職員室をあとにする。その手には山のようなプリントが積まれていた。くそぅ。相澤先生も轟くんも覚えてろよ。よいしょ、と時折紙の束を持ち直しながら進むと前方から渦中の人物がやってきた。

「名前、大丈夫か。持つ」
「良い。筋トレだもん。ってか、相澤先生にまで相談してたの」
「あぁ、だめか?」
「恥ずかしかった」
「ごめん」
「……もーいーよ。手伝ってくれるなら、ゆるしてあげる」
「あぁ」

しゅんと落ち込んだみたいな顔をされると、何故か私の良心の方が痛む。いや可笑しくないか。私、被害者なのに。
もやっとしながらも紙の束を轟くんに渡そうとすると、存外顔が近づいたことに驚く。それは轟くんもみたいで。

「名前。顔赤い」
「ちょ、ちかい」
「可愛いな」
「な、も、早く受け取ってくれないかな?!」
「名前」

やめてほしい。名前呼ばれると今までのことを思い出して、どきどきしてしまう。彼がどんな気持ちで私に迫るのか、良く分かってないのだ。だからこんなに意識してからかわれてるだけかもと思うと悲しくなる。
あれ、悲しくなるってことは。やっぱり私も轟くんが好きってことで。ぶわっと顔に熱が集まった。はくはくと口が動く。待って、意識したら余計恥ずかしくなってきた。

「さっきより、顔赤いけど」
「知らないっ」

どさっとプリントを全部渡して先に教室へと向かう。後ろからはくすくすと彼の笑い声が聞こえた。ようやく教室に着いたときには皆がほとんどそろっているところだった。少しして轟くんが教室に着き、教卓にプリントを載せる。ふぅと息を吐きながら相当辛かったのか手をプラプラと振っていた。

「っ、結構重かったな」
「えっ、あ、ごめん」
「いい。役に立ったなら嬉しい」

ふわり、という表現がぴったりなくらい柔らかくほほ笑む。思わず胸がきゅんと音をたてる。

「えっと、ありがとう。お礼とか何も無いけど…」
「良い。けど、お礼は欲しい」

轟はそう言うと名前の頬に手を伸ばす。ひゃ、と驚いた声を上げたのも束の間。顔を上げると端正な轟の顔が目の前にあった。柔らかい。ふわ、っとした感触。

「っ、わ」
「おいおい」

周囲からそんな声が聞こえる。何が起こったか分からない、なんてほどお子ちゃまじゃなかった。

「な、きす、したっ」
「名前。好きだ」
「なんで、このタイミングなの!」


わぁっと頭を抱えるところに「席着け馬鹿ども」と相澤が入ってくる。それから名前と轟の顔を見て良かったなと他人事のようにつぶやいた。


その帰り。真っ先に帰っていった名前の話題でクラスは持ちきりだった。


「お前すげぇな!あんな焦る名前なかなか見れなくね?」
「だよなぁ。天然って怖ェわ」
「えっと…もしかしてなんだけど……狙ってやった?」
「は?緑谷何言って」

わざと皆の前でアピールをすることで名前を意識させるだけでなく、周囲を応援ムードにし、その上名前を狙っている奴に牽制をしていたのではないかと緑谷は思う。そして相澤やオールマイトまで巻き込み、外堀を埋め、その仕上げとして教室の皆が注目する中でキスをしたのではないかと。
他のクラスメイトはまさかと笑っていた、が。

「緑谷」
「あ、うん」
「お前の作戦、当たりだった」


じゃあ、と席を立つ轟にみんなは固まる。まさか、全て計算か?それはきっと緑谷に相談する段階から始まっていたのだろう。名前も怖い奴に好かれたなと皆は手を合わせた。




           


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