瞳に映るは恋せよ乙女



"あいつは生きてる。"


私はある墓標の前に立ち、手を合わせて目を瞑った。墓標に書かれている名は"貴崎 蓮"
私の兄で数十年前までは五番隊で席官を務めていた。

のに、ある日突然死んだ。任務中に虚にやられたのだと言われたが、私は信じなかった。明らかに刀傷だったから。
結局、兄さんの死も藍染惣右介によるものだったことは十数年経ってようやく知ることがてきた。

"あいつは生きてる。"それは兄がずっと言い続けた言葉だった。当時は私を慰めるためだけに言っているのだとばかり思っていたけど、そうではなかったらしい。


「兄さん、そっちから見えてるかな?帰ってきたよ…真子さん達。ちゃんと生きてた。」


兄さんと真子さんはすごく仲が良かった。真子さんが隊長になってからは上司と部下の関係だったけど、隊を一歩外に出れば大親友だった。
そんな二人が好きだったし、私は真子さんを慕ってた。立場が違う恋だったけど、いつか実ることを夢見ていつも二人の背中を追いかけていた。


「今度ね、帰ってきた隊長達の歓迎会やるんだ。実は実行委員になっちゃって…まぁ、委員長とかでは無いから大変なことはないと思うけど、代わりに隊長たちともほとんど関わることないかもしれないね…。」


でも、出来れば真子さんの目に映りたい。そして、私が夢見た恋が実ったらいいのになぁ…。


「と、思ってたけど、現実は程遠そうだなぁ…」
「あれ、貴崎さん!実行委員ですか?」
「はい。雛森副隊長は隊長たちの接待ですか?」


あっという間に歓迎会当日。十番隊の十七席である私はそんな大層な役割はなく、参加している隊員たちの食べ物や飲み物が不足しないようにチェックする仕事をしていた。会場の一番後ろ端の方にいた私は瞳に映る事どころか存在すら認知してもらえなさそうだ。
その現実にため息が出そうになったところで雛森副隊長が通りかかった。


「そうなの!この会が決まってから平子隊長ったら、ずっと楽しみにしてたんですよ…」
「あはは!昔からみんなで飲むの好きだったからなぁ。雛森副隊長も飲まされすぎないように気をつけてくださいね。」
「昔からって、貴崎さん平子隊長とお知り合いなんですか!?」


あ、しまった。口が滑った。
別に秘密にすることもないけど、兄さんがいない今は真子さんとの接点はないし、他の隊の隊員が帰ってきた隊長と関わることなんてないのに、まるで昔からの友人のような口振りで話すのは周りから見たら変だろう。


「あー、えっと…昔私の兄と仲が良かったんです。」
「貴崎さんお兄さんいるんだ!」
「はい!でも、だいぶ前に亡くなりました。」
「あ…なんかごめんなさい…」
「気にしないでください!本当に昔なので!」


たくさんのグラスやお酒を持った副隊長はバタバタと自分の役割に戻って行った。
上座に座る隊長達は昔とは少し変わったけど、懐かしい空気が漂っている。
副隊長が真子さんにお酒を注ぐ姿が目に入った。副隊長の名を呼んでお前も飲めって言う姿は心が苦しくなった。


「すみません、少し抜けます。」


別の実行委員の隊員にそう告げて会場を出た。
昔は私があそこにいて、私が真子さんにお酒を注いで、飲まされて飲みすぎて潰れて、二人で兄さんに怒られた。怒る兄さんをよそにニヤッと笑ってええやんなって言う真子さんが、…今も好きだ。


「はぁ…」
「華!!!」
「!? え、真子さん!?どうしてここに「よかった!!」
「っ?!」


名前を呼ばれて振り向けばそこには真子さんがいて、驚いたのと同時に気づけば真子さんの腕の中で、力いっぱい抱きしめられていた。


「蓮が死んだって聞いて、華がどうしてるんか心配になったんやけど、こっちに戻ってきてから中々探してやれへんくて…。さっき桃の口から華の名前を聞いた時は心臓が止まるかと思うたわ!」
「…真子さん」
「華…」
「ちょっと苦しい…」


慌てて腕の力を緩めた真子さんは顔を赤くしながら、ちょっと今ええ雰囲気やったやんかって言った。


「昔からずっと好きやった。お前のことは俺が幸せにするんやって思うとった。」
「え…」
「…色々あって時間かかってもうたけど、華、俺と結婚してくれるか?」


そんなに泣くなやって優しく涙を拭ってくれたあなたの瞳の中に、嬉しそうな私が見えた。


―あなたの隣に未来を描きたい。


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