デレデレ主人公08


07の数日後。

皿洗いを終え、ふと店内を見渡すと窓際の席で仲睦まじく愛を囁き合う男女がいた。
少し間抜けそうだが優しい顔つきの彼氏くんと小柄だがスタイル抜群で可愛らしい彼女さん。
この日店は珍しく賑やかだった。

「店員さん」

可愛い彼女さんからの呼びかけとその意味あり気な目配せで、俺は自分の役割を思い出す。
業務用の冷蔵庫に安置していたケーキを取り出すと、それを慎重に運び彼氏くんの前に置いた。

「わ……」

彼氏くんがケーキを見て驚いている。どうやら彼女のサプライズは成功したみたいだった。
俺は、彼氏くんの年齢が書かれたロウソクをケーキに差し込むと火を灯した。

ハッピバースデートゥーユーと間抜けな歌を俺と彼女さんが熱唱すると、彼氏くんは照れながらロウソクを吹き消した。
びっくりした?うん。でもありがとう。なんて談笑しながらケーキを食べ始めるカップル。
あぁ、なんて初々しいんだろう。
良かったらどうですかと手渡されたケーキを食べながら、俺は眩し気に彼らを見つめた。そこには俺の憧れがあった。

それがつい2時間前のことである。

「早くレジから金を出せ」

俺は今、強盗に襲われている。
突然入ってきた2名の男達に、今日は客が多いなぁと思いながらも呑気にいらっしゃいませ〜と話しかけたら突然銃を突きつけられた。

そして彼らは前述通りの要求をしたのだった。

「この袋に金を入れろ」

銃を向けた男に促され、もう1人が袋を俺に押し付けた。
こういう案件は保険が下りるので、犯人に逆らわずレジの金を渡してしまうのがセオリーである。当然俺はマニュアルに従いレジを操作した。
レジを開けると大体6万ベリーが入っていた。これが多いのか少ないのか俺には判断つかないが、ひとまず小銭含めありたっけの金をかき集めて袋に入れた。

男に手渡すと、男は袋の中身を見て不満気だった。やはり少ないようだ。強盗して6万ベリーはどう考えても割りに合わないだろう。でも、明らかに客入りが少ないであろう、こんな寂れた店を狙う方が悪いと思う。

「もっとあるだろう」

強盗が銃の先端でカウンター越しに俺を小突いた。
確かに多分もっと金はある。スタッフルーム内に売上金を一時保管する金庫があるからだ。が、金庫の番号は店長しか知らない。店長は腰をやられヘルニアになってしまったのであと数日は不在だ。

俺がその旨を伝えると強盗達は何やら相談し始めた。

「どうする?」
「少ないけど金は手に入ったし良いんじゃないか」
「下手に欲張って捕まるよりマシか」

良い感じだ。帰ってくれるのだろうか。

「こいつはどうする?」

雲行きが怪しくなってきた。

「顔見られたぜ」
「殺すか」
「殺そう」

俺の目の前で俺を殺す事を決定しないでほしい。
話がまとまった彼らは俺に銃を向けた。
えぇ、ちょっと待ってよ!

「指銃」

強盗が引き金を引こうとした瞬間、聞き慣れた声と懐かしい銃声が響いた。

強盗は馬鹿でかい体躯をぐらりと揺らすと、ゆっくり前方へ倒れた。後頭部からは脈に合わせ血が吹き出していた。
そろそろと強盗が倒れた背後に目を向けると、ルッチが右手でこちらを指差しもう片手をポケットに突っ込んだ姿勢で立っていた。

「な」

もう1人の強盗は今起きたことが理解できなかったようで、倒れた相棒と乱入者を交互に見つめていた。

「ナマエ。たかがチンピラ相手になんで反撃しねェ」
「ええ……」

ルッチはため息をつきながら俺を呆れたように見つめた。俺はただのアルバイトだぞ。反撃できるわけないだろうと思ったが、口を開くとゲロが出そうなので黙っておいた。

「何だお前!」

強盗がルッチに向かって叫ぶと、ルッチはそこでようやくもう1人の強盗を認めた。上から下まで眺めた後、スッと強盗の額ヘ指を向ける。
俺は次の展開を知っているので、思わず目を閉じた。

「指銃」

あの銃声と共に強盗は倒れた。
ルッチは、肩の埃を払うと帽子を脱いで指を鳴らした。帽子の中からハットリがパタパタと飛び立つ。ハットリが肩に留まるとマジシャンは再び帽子を被り直した。
そうして奴は何事もなかったようにカウンター席に陣取ると一言言った。

「コーヒーを」

人が2人倒れている店内でコーヒー飲むの?いやこの状態を眺めているだけの俺も十分おかしいのだろうが、俺はルッチのサイコパスぶりに戦々恐々とした。

「命を救ったんだ。礼くらいしろ」
「はあ……ありがとうございます」

確かにルッチのおかげで俺は死ななかった。
なんせこの島、海軍支部が出来る程度には治安が悪いのだ。路地裏にはチンピラがたむろしており、歓楽街などでは酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれることも多い。
俺がペコリとお辞儀をするとルッチは鼻を鳴らした。

「じゃあ特別に美味しいコーヒー入れちゃいます」
「ほう」

それは楽しみだとルッチは楽しそうに相槌を打った。
確か店長秘蔵のコーヒー豆があったはずだ。


客もいないので俺達はのんびりコーヒーを飲んでお喋りしていた。店長秘蔵のコーヒーはルッチのお口に合ったようで、まァ悪くないと言ってくれた。
ハットリをにぎにぎしながら俺は安堵の声をあげる。(にぎにぎされたハットリは非難の声をあげていた)

「それにしても客がいない時で助かりました。不幸中の幸いです」
「客なんていつも居ないだろう」
「今日は2時間前までカップルのお客様がいらしてたんですよ」
「奇跡だな」
「俺もそう思います」
「ポー!」

そこでふと恋人達のことを思い出した。

「ルッチ」
「何だ」
「ルッチの誕生日っていつですか?」

何故そんなことを聞く?と怪訝な顔をするので、俺はカップルが誕生日祝いのサプライズを行っていた事を話した。
するとルッチは知る必要ないだろうとあっさり拒否したので俺はごねた。30分ほど、ごねにごねるとルッチは嫌そうな顔をして尋ねた。

「……何故急に知りたがる」
「ルッチは俺のこと何でも知ってるじゃないですか」
「まぁな」
「よく考えたら俺ルッチのこと全然知らないなって」
「まぁな」
「恋人なんだから、俺もルッチのこともっと知りたいです」
「…………」

ルッチは顔に手を当てて天を仰いでいる。いつもの事なので俺は話を続ける。

「で。誕生日いつですか」

奴は顔に手を当てたまま、しばしの沈黙の後6月2日と呻いた。

「住所とか電伝虫の番号も知りたいです」
「…………ペンは」

俺は胸ポケットからペンと伝票を取り出してルッチに渡した。
伝票を裏返しにするとルッチはそこに何かを書こうとしてピタリと手を止めた。

「……ルッチ?」

ルッチの手は、いや体は震えていた。なんだか様子がおかしい。
とうとうルッチはペンを落としてしまった。

「大丈夫ですか?」

俺がペンを拾おうと屈むと同時に、聞き覚えのある音がした。

ドキュウン!

俺が立っていたら、頭があっただろう高さの壁に、穴が開いていた。

「……」

俺は思わずルッチを見た。ルッチは人差し指を壁へ向けたまま呆然としていた。自分がしたことを理解できないようだった。

「ルッチ……さん」
「……一瞬、今すぐお前を殺さないといけない気がした」

これは……。
俺は悪魔の実の図鑑の説明を思い出した。デレデレの実の効果は1ヶ月から半年。対象の負の感情が大きいほど効果時間が伸びる。俺とルッチの関係はまだ2ヶ月そこらだが、悪魔の実の効果が切れはじめている……?
これはまずい。このままではあと1ヶ月程度でデレデレビームの効果が完全に無くなってしまいそうだ。

「一瞬だ。今はそんなこと考えていない」

無言の俺を安心させるようにルッチは言った。だがその一瞬でルッチは俺を殺せるだろう。なので全く安心出来ないが、そんなこと口が裂けても言えなかったので俺はひとまず愛想笑いをした。

さすがに奴も気まずく感じたのか、そろそろ帰ると言い残しルッチは店を後にした。
それからシフト交代に来た後輩ちゃんが、倒れている強盗を見て悲鳴を上げるまで俺はひたすら逃亡先候補の島々について考えていた。


余談だがルッチが開けた穴は、強盗が開けたことにされたので奴は何の罪にも問われなかった。


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