デレデレ主人公09 2/2
翌朝、早々にチェックアウトした俺たちは市場で気になる食べ物を立ち食いしながら、お土産屋を冷やかして楽しんでいた。
今日はこの島を出ないといけないので俺とルッチとハットリは普段の格好をしている。残念だ。
市場を抜け、やがて浜辺につくと海の上に小型の船がチラホラ見えた。レンタル船らしい。
「あれに乗りましょう!」
俺はルッチの腕を引っ張った。
「楽しいか」
「ガボガボガボ」
「飽きないのか」
「ガボガボガボ」
「何を言ってるのかさっぱりわからん」
俺たちは小さい船の上にいた。
船をレンタルしたついでに、シュノーケリング用の海中ゴーグルを購入した俺は、暇さえあれば海面に顔を突っ込んでいる。
ルッチの分も買ってあげようとしたが奴は頑として首を振らなかった。
そんなに俺の様子が気になるならゴーグル貸そうかと言うと断固拒否された。
「暇なら釣りとかしたらどうです?」
「興味ないな」
「あー……ルッチって釣りとか下手そう」
ドキュウン!
銃声と共にルッチの人差し指から煙が上がる。
暫くすると海面に腹を出した魚がぷかぷか浮き上がった。魚の頭には弾痕がしっかり見える。
「釣れたぞ」
魚を撃ち殺すことを釣りとは言わない。
ルッチは"釣り"を大変気に入ったようで、続けて4、5匹撃ち殺していた。
そんなサイコパスを無視して再び海中を観察していた俺はやがて思い切り頭を押し付けられる。
ルッチめ。
最初はされるがままだったが苦しくなってきたので顔を上げようとすると強い力でそれを阻止される。
悪ふざけにしては明らかに度が過ぎていた。
俺はそこでようやく察した。
今俺の頭を押さえている男は、たぶん本来のルッチだ。
このままでは海上にいながら溺死してしまう。
俺はジタバタと暴れていたがそのうち段々抵抗を弱め、体を痙攣させた。
そうして完全に脱力してから数分間死んだふりをしていると、奴が頭から手を離したので俺は勢いよく顔を上げた。
「ほう」
「けほっ……」
「随分長く息が続くんだな」
ルッチは片眉を上げ意外だと言うと、乱れた呼吸を整える俺を楽しそうに見つめた。死んだふりってことに気づいていたみたいだった。
「俺、結構肺活量あるんで」
俺がルッチを睨みつけながらそう吐き捨てると、奴は次回の参考にしようと事も無げに言った。
能力者となった今はもう無理だが、かつては寒中水泳で遭難しても無事でいられる程度には泳ぎは得意だったし、素潜りだって得意だった。人よりだいぶ息が続くのだ。
それにしてもルッチの奴、今日は正気でいる時間が長すぎる……。
俺は前回ルッチが正気に戻った時のことを思い出していた。初めはバイト先で、強盗に襲われた後一瞬だけ奴が正気を取り戻した。
それを皮切りに、その後もルッチはたまにピクリと体を震わせると、俺を殺そうとすることが何度かあった。その頻度は確実に高くなっていた。
とはいえ大抵正気に戻る時は体が震えるなどの予兆があるし正気に戻る時間も僅かなので、俺は嫌な予感がすると必ずルッチから離れた。そうすることで今日まで生き延びてきた。
最近なんて慣れたもので安全な距離から正気のルッチにあっかんべーをしたことだってある。(なお一瞬で距離を詰められ思わず悲鳴を上げた所でルッチがデレ状態に戻ったので一命を取り留めた)
しかし今、目の前にいる男は予兆なく完全に正気に戻っていた。
今は、2人きりで船の上。なにより海の上だ。逃げられない。
「今までよく俺を"弄んで"くれたな」
奴は皮肉混じりにそう言うと俺に人差し指を向けた。
遺憾である。弄ばれてたのは俺の方だと思う。
その時向こうに遊覧船が見えた。しめた。
ルッチだってさすがに目撃者がたくさんいる状態で殺人はしないだろう。いや、そう思いたい。
「おーい!!」
俺が奴の後ろに向かって大声を張り上げ手を大きく振ると、ルッチは目を見開いた。
ルッチが振り返った先には遊覧船があり、俺の呼びかけに気づいた乗客達がこちらへ手を振りかえしていた。
「貴様……」
考えたなと地を這うような声でルッチが言った。
「だが死ね」
やはりこれくらいで躊躇する男じゃなかったか。まぁ読み通りだ。先手必勝とばかりに俺は両手を突き出した。
するとルッチは多分出会った時にされたように、俺がまた何か(そうデレデレビームを)してくると思ったのだろう、一瞬怯みバランスを崩した。
今だ!俺はルッチを突き飛ばした。びくともしないかと思ったが、油断していたルッチは波で大きく傾いた船の揺れも手伝い、案外簡単に海へ落ちた。
バシャーンという派手な音と共に、シルクハットと黒スーツを着込んでいた男は海に吸い込まれていく。
今の衝撃でデレ状態に戻ってくれると良いんだけど。どちらにせよ殺されるだろうな。そう思いながら半ば人生を諦め、透明度の高い海を見下ろした。
広がる珊瑚礁、熱帯地方特有の派手な魚、沈んでいくサイコパス。
ルッチはドンドン沈んでいく。
……え、あれ?ルッチって泳げないの……?
そう言えば初めて会った時、ルッチは獣みたいな姿をしていた。もしかして悪魔の実の能力者なんじゃないだろうか。だとしたら……。
ルッチが死んでしまう。
ハットリがけたたましく鳴きながら俺を突いている。俺は頭が真っ白になった。
なんていうか、人間焦るととんでもない行動に出るんだと思う。
俺は救命胴衣を羽織り、もう一人分を掴むと、体にアンカーロープを巻き付け海に飛び込んだ。
悪魔の実の能力者は海に嫌われカナヅチになると聞いてはいたが、全身を海に浸したときの脱力感はまさに恐怖だった。
体が思うように動かないままどんどん沈んでいくのだ。
太陽の光に照らされユラユラときらめく海底にルッチはいた。ルッチは眩しそうにぼんやりとこちらを見ていたが、やがて意識が遠のいたようでそのまま目を閉じてしまった。まずい。早く引き上げないと。
俺はそのまま男の隣に着地すると、どんどん動かなくなる手足を必死で動かし何とか救命胴衣をルッチに着せた。
俺が手を離すと救命胴衣はルッチを連れて海上へ浮き上がっていく。
それを見送り、俺も体に巻き付けていたロープを外し離脱しようとした。
だが、もう完全に力が抜けてしまい、俺はロープが巻き付いたまま海の底から動けなくなってしまった。
これは終わったな。
【本日ナマエさんが旅行先の島の近海で、アンカーロープを体に巻き付け溺死した模様です】とかってニュースになるんだろうか。
自殺って判断されるのかな。でも救命胴衣を着た状態だしなぁ。これって最高に意味の分からないマヌケな死に方じゃん。俺は恐怖を隠すように最後の空気を吐き出しながら笑うと目を閉じた。
俺が死んだら誰か悲しむかな。店長とか後輩ちゃんとかどうだろう。泣いてくれるかな。いや、やっぱり泣かないでほしいな。
ルッチも、デレデレビームの効果が続いている間は悲しんでくれるのかな。
薄れゆく意識の中、何か強い力に引き上げられた気がした。
次に覚えているのは強制的に肺を満たす空気。規則的に圧迫される胸の感覚。
苦しい。苦しい。
俺が思わず口を開けると、鼻や口から水が溢れ出した。涎だか海水だか判断つかない液体に塗れた口元を拭いながら目を開けると周囲には人だかりが出来ていた。観客は俺を見て歓声を上げる。
どうやら俺は浜辺に横たえられているらしい。
俺は助かった様だった。
ぼんやりしていると視線を感じた。横を向くとすぐ側にルッチがいて奴と目が合った。俺とルッチが暫く見つめ合っていると看護師を名乗る女性がルッチを押しのけた。
彼女は俺に意識ははっきりしているか、名前を言えるかなど尋ねていく。やがて俺の応答に問題ないと判断したのか
「完璧な応急手当だったわ」
とルッチに言って去って行った。
ギャラリーが居なくなった後も俺たちはその場にいた。もう太陽はだいぶ傾いていて、その身を海に沈めようとしていた。
「ルッチ」
ルッチは無言で俺を見た。
「今のルッチは、俺のこと殺したい?」
「……今の俺はナマエを殺さない」
「そっか」
俺はまた今日も生き延びた。
日が沈みやがて乗船の時間になるまで、ルッチはただ海を眺めていた。
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