写真部主人公03


黄色い人と出会う話。

「雑誌見たよ」

最近こう声をかけられることが増えた。
不思議だ。
実際雑誌置き場に大量に積まれていた旅レポ冊子は、最近では結構減っている。確実に色んな人に手に取ってもらっているようだった。
クザン大将に話すとアイマスクをしたまま、良かったじゃないのと流されてしまった。

「でも本当に最近なんですよ。何でだろう……」
「何でだろうねェ」
「うーん」
「……何、嬉しくねェの?」
「いえ嬉しいです!」
「なら良いじゃない」

そう言ってクザン大将は完全に沈黙してしまった。初めてクザン大将のこんな姿を見た時は、職務中に眠って大丈夫なのかと心配したがクザン大将が言うには戦略的休憩らしい。有事の際、いつでも動けるように英気を養っているそうだ。さすがクザン大将だ。
とはいえ、クザン大将はアイドリングをしているだけだ!と周囲に伝えようとしたところ、クザン大将に必死に止められてしまったのでこれは2人だけの秘密である。もどかしい。
クザン大将は強いのに謙虚で縁の下の力持ちなのだ。

確かに読者が増えたことは嬉しい。
だが読み手が増えた理由が分かればもっとニーズにあった記事が書けるので、やはり原因を知りたかった。

そんなことを考えながら通路を歩いていると後ろから声を掛けられた。

「雑誌見たよォ」
「あ、ありがとうございま……す?」

ページ数的に雑誌じゃなく冊子なんだけどな……そう思いつつ振り返ると、そこには長い脚があった。そろそろと視線を上にあげると、黄色いダブルスーツを着た大男が立っていた。
海軍の最高戦力の一人、黄猿だった。

「ボッ……ボルサリーノ大将……!」

慌てて俺は敬礼をした。
ボルサリーノ大将はそんな畏まらなくて良いよォ〜と言うと目線を合わせるように俺の前に屈みこんだ。
じっとこちらを見て何か考え込んでいるようだ。

「ん〜……」
「あ、あの……?」
「君がナマエで合ってるよねェ?」
「は、はい。ナマエといいます」
「お〜……ナマエは男だったんだねェ」
「えっと……はい。生まれた時から男です……」

ボルサリーノ大将は変なことを聞いてきた。俺を女性だと思っていたんだろうか。

「まァいいかァ。お仕事邪魔して悪かったねェ。もう行って良いよォ」

クザンが雑誌の宣伝までするからナマエがどんな子か一度見てみたかったんだよねェ、と言ってボルサリーノ大将は踵を返した。

「えっクザン大将が宣伝してくれてたのですか……?」
「ん〜?……お〜、そうだよォ。遠征に行くなら数部持ってけって言って毎回渡してくるんだよねェ。自分の部下にも渡してるみたいだよォ〜」

パワハラだよねェとボルサリーノ大将がぼやいている。
こ、これは後でクザン大将にお礼をしないと!

「クザンが最近よくちっこい雑用を連れ回してるって聞いててねェ。てっきり新人の女の子でも口説いてデートしてるんだと思ってたんだけどねェ」
「手空きの際に、取材に協力してくれるんです。クザン大将にはいつも素敵なお店を紹介していただいてます」

手空きねェ……とボルサリーノ大将は呟いたが、ふぃにパッとこちらを見て笑った。

「じゃあ、雑誌で紹介してる店ってクザンが選んでるのかァい?」
「はい。最近のは、ずっとそうです」
「なるほどねェ。どうりで……」

そこでボルサリーノ大将は黙ってしまった。

「どうりで……何でしょうか」
「お〜、大したことないから気にしなくて良いよォ」
「今後の参考にしたいので何かあれば遠慮なくご意見頂きたいです!」

俺がそう言うと、ボルサリーノ大将はナマエがそこまで言うんならと前置きして話を続けてくれた。

「どうも雑誌で紹介されてる店はわっしの好みじゃないんだよねェ」
「と、言いますと……」
「洒落てるって言うのかい?……なぁんかデートに行くような店ばっかりじゃないかい?」
「デート……」
「わっしら海軍は男所帯なんだからさァ。もっと違う趣向の店を紹介しても良いんじゃないのかねェ〜」

たしかに最近紹介している店は、お洒落な喫茶店やレストランが多かった気がする。自分は非戦闘員なので気にならないが、体力が命の海兵には物足りないかもしれない。
そんなことを考えていると12時を知らせる鐘が鳴った。お昼だ。

「そう言えばわっし、今手空きなんだよねェ」

ボルサリーノ大将がサングラス越しにこちらを見てニンマリと笑った。




それから、どういうわけか俺とボルサリーノ大将はラーメン屋さんにいた。

「ここのみそラーメン美味しいんだよねェ」
「ラーメン」
「ん〜、ラーメン嫌いかい?」
「いえ!大好きです」

小さい頃、眠れない日はお婆ちゃんにラーメンを作ってもらった。
伸びすぎた麺の上にハムとほうれん草を乗せただけの、シンプルなお婆ちゃん特製ラーメン。それをお婆ちゃんと半分こして食べるのが大好きだった。

「なら良かったねェ。あ、店員さァん。みそラーメンお願いできる?」
「自分も同じものを」

店員さんは、ハイヨ!と言って去っていった。

「マリンフォードにラーメン屋なんてあったんですね」
「結構探せば色んな店があるんだけどねェ。平日昼間しかやってない店も多いから、みんな中々知る機会が無いみたいだねェ〜」
「本部から距離も近いですし、このお店とかお昼に良さそうですね」
「でしょォ〜?わっしは古株だから色々知ってるけどね。特に新兵はさァ、金もないし若いし土地勘も無いしねェ。安くて量が多くてガッツリしたモンが食える店を知りたいと思うんだよねェ」

ボルサリーノ大将はぽりぽり頭を掻きながら、いつも食堂のご飯じゃ飽きちまうからねェと呟いた。
確かに…!ボルサリーノ大将は部下想いのようだ。

「お待たせしました」

やがて店員さんがラーメンを2つ運んで来た。
テーブルに置かれた熱々のラーメンはたっぷりと湯気が出ていて、一瞬俺の眼球を曇らせた。
瞬きをし、あらためてラーメンを見つめる。
こってりと溶け込んだラードがスープの表面を覆い、キラキラと輝いていた。そこから黄色い中太の縮れ麺が顔を覗かせている。中央にはメンマ、半熟卵、それから炒めたもやしや玉ねぎがたっぷり盛られている。お婆ちゃんのラーメンとは全然違う。

隣を見ると、いただきまァすと言ってボルサリーノ大将が麺を啜り始めていた。サングラスが完全に曇っているけど、前見えてるのかな。
いただきますと手を合わせ、俺も食べることにした。

「どうだァい?」
「ハフッ……ズズッ……」
「おォ〜……ゆっくりで良いよォ〜」

感想を聞かれたので急いで口の中の物を飲み込もうとすると、ボルサリーノ大将は気を遣ってくれた。
表面に浮かぶラードはスープが冷えるのを防ぎ、縮れ麺は麺の隙間にスープを程よく絡めて拾い上げてくれる。

「お、美味しいです……!」

鼻水を啜りながら答えると、ボルサリーノ大将もでしょ〜?と鼻を啜りながら笑った。





急遽決定したラーメン特集は海兵達に大好評だったようで、この月の冊子は雑誌置き場から全て無くなってしまった。それどころか増刷の依頼まで来た。

「今月の雑誌は良かったよォ〜」
「まさかナマエがボルサリーノに浮気するとは思わなかったわ。あーおじさんショックよ」
「オォ〜……男の嫉妬はみっともないよォ、クザン」
「いや嫉妬してないから。ただの冗談でしょうが」

ご機嫌な様子のボルサリーノ大将と不貞腐れた表情を浮かべるクザン大将は、俺が増刷した冊子を受け取ると仲良く並んで職場へ戻っていった。


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