デレデレ主人公10 2/2


騒がしい方向を目指し人混みをかき分け進んでいくと、人だかりと悲鳴の中心に男が立っていた。
ロブ・ルッチだ。
ルッチはさっきの酔っ払い達に囲まれていた。一見不利な状況だが、ルッチを囲んでいる男達の顔は恐怖で歪んでいた。
目の前に立つルッチの表情は見えないが、多分無表情なんだろうな。

「池に捨てた……!もういいだろうが!」
「そうか」

ルッチは、そう答えた男の胸ぐらを掴むと殴りつけた。
軽い動作なのに、殴られた男は凄まじい音と共に地面に突っ伏した。
ルッチは屈みこむと、突っ伏した男の頭を掴んで何度も地面にぶつける。
周囲から悲鳴が上がった。

やがて地面が十分赤くなると、ルッチは男の頭をようやく離し立ち上がった。未だ動けず立ったままの男達を眺めて、次のターゲットを物色しているようだった。
やめてやれよ。何でこんなことを……。そんな声が周囲から聞こえてくる。

しばらくして、ルッチは良いことを思いついたとばかりに、男達に笑いかけた。

「あぁそうだ。そういえば、お前等はずいぶんと手品を見たがっていたな?
 特別に今、見せてやろう」

後ろで組んでいたルッチの手がゆっくりと形を変えた。指を差す、あの形に。
まずい……!

俺はとっさに飛び出すとルッチを怒鳴った。

「ルッチ!!手ェ出すな!!」

俺の怒声に意表を突かれたようで、ルッチは一瞬動きを止めた。
その隙を突いてルッチの前に飛び出すと

「オラ!!」

あの酔っ払いを思い切り殴った。拳が痛い。人を殴るなんて初めてだ。
渾身の一撃のつもりだったが、男はよろめいて二、三歩後退しただけだった。
普段から喧嘩慣れしているのだろう。男は負けじと、反射的に俺を突き飛ばした。

それを見たルッチは指をぴくりと動かしたが、何もしなかった。
ルッチが手を出さないと分かったのか、男達は腹立ち紛れに俺をボコボコにし始めた。

多勢に無勢。当初の勢いはどこへやら。情けなくも、俺は一方的にサンドバッグにされた。
一応、俺も負けじと応戦してみたのが、当たらないし、当たっても殴った拳が痛くなるだけだった。
背中や腹を殴られ、蹴られ、やがて立っていられなくなりとうとう俺は地面に蹲った。
それでも必死に足をばたつかせて一人の顎を蹴り飛ばしたりもした。俺、頑張ってる。

「兄ちゃん頑張れ!今度は勝てる!」
「負けんな!」

どうやら俺がさっきこいつ等にボコボコにされていたことを知っている人達が結構いるらしい。
酔っ払い達に同情的だった観客たちは、今度は手のひらを返したように俺のことを応援し始めた。
俺はほっとした。俺の狙いはこいつらに勝つことでなく、大衆の支持を得ることだったからだ。

いつの間にか、観客はこの騒ぎをルッチによる"一方的な暴力"でなく、酔っ払い同士の"ただの喧嘩"と考え始めたようだった。
ボコボコにされたナマエ君の代わりに、お友達のルッチ君が酔っ払いをボコボコにしていた。そういう認識が広まっていた。

周囲の大ブーイングにも負けず、男達がサッカーボールのように俺を蹴飛ばしていると、とうとう数名の警備員が駆けつけてきた。
警備員たちが酔っ払い達を取り押さえていく。
俺は何とか立ち上がると、突っ立っていたルッチの腕を掴み、混乱に乗じてその場を逃げ出した。




騒ぎから逃げるように、俺とルッチは祭りの喧騒から随分離れた公園の外れまで行くとようやく腰を下ろした。
花火大会の時間のようでドォンと何かが打ちあがる音が聞こえてくる。高い木々に囲まれていて、ここからじゃ花火はまるで見えなかった。
音だけ聞こえる見えない花火を探しながら俺は口を開いた。

「俺がトイレに行ってる間に何があったんですか……」
「あいつ等、俺の肩にぶつかったのに謝らねェから腹が立って殴った」

ルッチはチンピラのような供述をした。
なんだそれは。地面に寝そべりながらやれやれとため息をつくと、ルッチはジロリと俺を睨みつけた。

「貴様こそ、弱いくせに何故あんな真似をした」
「俺が先に手を出さなきゃルッチあの人達を殺してたでしょ」
「半殺しにするだけだ」
「駄目ですよ。どんな理由があってもやり過ぎたらこっちが悪者になるんです」
「構わん」
「捕まったらどうするんですか。もし捕まらなくても町の人に今後どういう目で見られると思ってるんですか」

ルッチはイラついたように立ち上がった。

「俺を庇ったつもりか?」

ルッチはハッと笑うと、では礼でも言おうか?と皮肉たっぷりに聞いてきた。
俺は起き上がってルッチを見据えた。

「礼を言うのは俺の方です」
「何を言って……」
「ルッチ、本当は俺の財布を取り返そうとしてくれたんでしょう」

歯にトウモロコシがついてるなんて馬鹿な嘘をついて、俺のいない隙に男達を探しに行ったんだろう。
だいたい喧嘩の理由が、肩にぶつかったからって何だよ。お前の身長2m以上あるんだぞ。普通の人間と肩ぶつかるわけないだろうが。
ルッチは押し黙った。

「ルッチは俺の……正義の味方なのに、あれじゃあ周囲から悪者だって勘違いされる」
「どうだって良い」
「俺が嫌なんです。ルッチが悪い奴だって周りに誤解されるのはすごく悔しい」
「…………」
「だから俺は、俺がしたいことを勝手にしただけです」

ルッチの過剰な正義を肯定するつもりはない。どんな理由があってもルッチがした事はやりすぎだ。
周囲に恐怖を振りまきながらどうやって生きていくつもりなんだろうか。
ルッチは自身の首を絞めるような生き方をする男だ。

ルッチがそうやって自分を大切にしないなら俺がルッチを大切にする。
お前よりもずっとお前を大切にする。それだけだ。
俺がそう言うと、ルッチは戸惑ったような表情を浮かべていた。




それから俺たちは、酔っ払いが財布を捨てたと供述していた池にやって来た。
証言はどうやら本当だったようで、池にはプカプカと俺の財布が浮いていた。
現金はすべて使ってしまったらしいが、カード類は足がつくからそのままにしたそうだ。
可哀想に。今助けてやるからな。

俺はそこら辺の棒を掴むと身を乗り出して、財布を引き寄せようと棒の先端を近づけた。

「んぐぐぐっ……」
「……」
「うおおおっ……」
「……」
「んあああっ……」
「喘ぐな」

喘いでねーよ!
後ろで腕を組んで静観しているルッチは、真剣な表情で意味のわからないことを言ってくる。
財布はもう少しで届きそうなのに届かなかった。
あと少しなのだ。俺はさらに身を乗り出した、が。

「痛ッ!」

無理な態勢のせいか蹴られた腰が痛み、足を滑らせてしまった。
バシャン!という音と共に俺は池に落っこちた。
ま、まずい!溺れる!
俺は一生懸命手足をばたつかせ、水面に顔を出した。

「あぷっ……ル、ルッチ!」

溺れる!と俺がジタバタしている様子をやはりルッチは静観していた。
もしやまた正気に戻ったのだろうか。俺を見殺しにする気なんだろうか。

俺が戦慄していると、ルッチが徐に口を開いた。

「立てるだろう」

そう言ってルッチは、池に隣接した看板を指さした。
【水深 70 cm】
俺は無言で立ち上がった。恥ずかしかった。




「くしゅっ」

池の水を存分に吸い込んだ浴衣はもはや服の役割を果たしていなかった。寒い。

「はァ……俺はどうしてお前と付き合ってるんだろうな」

ルッチは理解できないものを見るような目で俺を見てくる。
どうしてって、ルッチが告白してきたからだよ。まぁ、デレデレビームのせいだけど……。
ルッチの冷たい視線から逃げるように浴衣を脱ぐと、俺はそれを丸めて思い切り絞った。
ビシャビシャと水分が地面に吸い込まれていく。それを7,8回繰り返し、大体の水分を絞り切っていく。

「よしっ」
「…………」

ルッチは相変わらず冷たい目で俺を見ていた。今の俺はボクサーパンツ一丁である。

「あの、セクシーすぎてすみません……」
「ふざけるな。目がつぶれる」

俺だってこんなところでパンツ一丁になるとは思わなかったよ。最悪だよ。
バサバサと浴衣を叩き水気を切ってから、それを羽織ってみる。うーん。念入りに絞ったつもりだったが、やはり浴衣は湿っていて最悪の着心地だった。

「脱げ」

すると突然ルッチが追いはぎのようなことを言い出した。
追いはぎは俺の返事も待たず俺の浴衣を毟るように奪ってしまったため、俺は野外で再びパンツ一丁になった。

「ルッチさん……このままじゃ捕まるので服を返してください……」
「それは、面白そうだな」

ルッチは辛辣な相槌を打つとおもむろに俺の浴衣を絞った。
ビシャビシャビシャ。大量の水分が流れ出ていく。
その後も数回に渡り、ルッチは浴衣が悲鳴を上げるんじゃないかと思うほど搾り上げた。
そうしてルッチは、すっかり絞り切って圧縮された浴衣を俺に投げて寄越した。
顔面で受け止めた浴衣を着ると、それは乾燥機にかけたように水気が飛んでいた。

「す、すごい」
「今度からちゃんと絞れ」
「絞り方のコツ知りたいです」
「お前の首を絞り上げるところを想像したら上手くいった」

人間乾燥機が怖いことを言うので、俺は早々にこの話を打ち切ることにした。



その日ルッチは、俺を家まで送り届けてくれた。ルッチが家まで来たのは久しぶりだった。
殴られたり、パンツ一丁になったりと最悪な一日だったが、旅行以来ずっとドライだったルッチの態度が軟化したようなので、まぁ及第点としよう。


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