デレデレ主人公11
10の翌日。見物しにきたルッチさん。
仮に、殴られ蹴られ池で溺れパンツ一丁になった男がいるとしよう。
当然だがそんな目に遭えば、男の体調が悪くなるのは当然のことである。
「うぅ……ずびっ」
祭りの翌日、俺はベッドの上で熱に魘されていた。
額にもう何度も使い回して効果の無くなった冷却ジェルシートを貼り付けて、ウーウー唸っている。
病気になった時、一人暮らしはつらい。買い物も食事もろくに出来ない。頼る人がいないと不安ばかりが強くなる。
あーあ。こんな時可愛くて献身的な彼女がいればな……。
ガチャッ
玄関の開錠音に気づきそちらを見やると、俺の彼女が立っていた。
「るっち……」
「ほう……今回は本当に体調不良のようだな」
ルッチはズカズカ上がり込むと興味深そうに俺を眺めた。
え?そんなこと確認しにわざわざ来たの?店長より休みに厳しいじゃん。
「おみまいですか、ありがとうございます」
「?いや、お前が苦しむ様子を見に来た」
帰れ!
思わずルッチを睨むが奴はどこ吹く風といった様子だった。
どうやらルッチが言うには、馬鹿は風邪をひかないらしい。
しかしそんな言い伝えにも負けず、俺という馬鹿が風邪をひいたことに大変な興味を持ったようだ。
「つらいか?」
つらいですと答えると、それはそれは……と至極嬉しそうな顔をする。その悪人面やめなよ。
ルッチは本当に見物しに来ただけのようで、手ぶらだった。せめてスポーツドリンクとか果物とか何か差し入れを持ってきてほしかった。以前は食材とか買ってきて、わざわざ料理作ってくれたんだけどな……。
その後もルッチは、俺が苦しむ様を見てとても満足気だった。とんでもない彼女を持ったもんだ。
こんな奴と一緒にいては休めない。
「あの……もうじゅうぶん、たのしんだとおもうので」
帰ってはどうでしょうか、と俺が提案すると奴は急に不機嫌になり、それは俺が決めることだとか言ってきた。
あのね、ここ俺の家だから、俺が決めることだと思うよ。
「そろそろ寝ろ」
「えぇ……」
「次はうなされている所を見たい」
「るっち、しゅみわるいよ」
性格も悪い。ルッチの良いところって見た目だけじゃない?
ルッチは身を起こしていた俺を無理矢理布団に押し込めようとしてくる。
大人しく布団に潜るが、部屋に他人がいるのに自分だけ眠れるわけなかった。
なにより……
「たいちょうわるすぎて、ねむれないっす……」
息苦しいし、寒いのに暑いし、船に乗っている様にずっと揺れている感覚がして吐きそうなのだ。とてもじゃないが眠れなかった。
「では俺が寝かしつけてやろう」
ルッチはそう言うと俺の頭に手を伸ばしてきた。
その動作に、奴のあの指銃とやらの動きが重なって見えて思わず身を引くと、ルッチは一瞬表情を固くし動きを止めたが
「安心しろ、殺しはしない。―今はな」
そう言って再び手を伸ばした。
そうしてルッチの指先が、俺の額に……
真っ白な世界の中。
『もしもし、こちらロブ・ルッチ』
そんな声が聞こえた気がした。
「ん……」
どうやら俺はデコピンを食らって気絶していたらしい。
目覚めると窓の外は夕日に染まっていた。
ルッチは未だに居座っていて、退屈そうに俺の可愛い電伝虫くんを眺めていた。
「……いまなんじ?」
「17時だ」
もうそんなに経ったんだ。デコピンで5時間以上気絶させられるとは思っても見なかった。変な夢を見た気がする。
眠った事で体力が回復したのか、俺の体はエネルギーの糧を求め始めた。
「みず……おなかすいた……」
そう言って立ち上がろうとすると何かが俺の腹に降って来た。スポーツドリンクとエナジーバーだ。
「お前が水が欲しいと、ずっとうるさいから買ってきてやった」
こっちがうなされるところだったとルッチは不機嫌そうに言った。
ペットボトルのキャップは一度開封されたようで、力を込めず開けることができた。
体が水分を求めていたのだろう、一度口をつけると止まらずそのまま一気に飲み干してしまう。
空になったペットボトルを床に置くと、雑誌の束に腰を掛けていたルッチが、自分で捨てろと忠告してきた。
「うん。るっち、ありがとう」
蓋も開けてくれてありがとう。
俺がお礼を言うと、ルッチは苦い表情を浮かべて雑誌の束から立ち上がった。
「そろそろ帰る」
「うん」
ルッチはスーツのシワを伸ばすと、そのまま俺の前を通り過ぎていく。
が、ぴたりと動きを止めた。
「おい。手を離せ」
どうやら久しぶりに体調不良になったせいで、俺の心は弱くなっているらしい。俺は無意識のうちにルッチの手を掴んでいた。
ルッチは顔だけをこちらに向け俺を訝しげに睨んでいたが、俺が一向に手を離さないので帰ることを諦めたのだろう。体ごと俺の方に向けてくれた。
「何だ」
そう聞かれて俺は困った。特に意味なんてない。咄嗟に手を掴んで引き止めてしまっただけなのだ。このままじゃルッチが帰ってしまう。俺は握った手の力を少し強めた。
ルッチは俺の手をしげしげと眺めていたがやがてため息を吐くと呆れた様に俺を見下ろした。
「……お前の宗教は婚前交渉は禁止だそうだが、手を繋ぐのは許されるのか?」
「うんだいじょぶ」
奴はそうかと呟くと、掴まれていた手を俺の手に這わせそっと指を絡めた。
それからルッチはしばらくどうする訳でもなく俺の指を撫でていたが、俺が恋人繋ぎの状態でルッチの手を拘束すると、奴は一瞬意外そうな顔をしてそれからゆっくり握り返してくれた。
俺はそのままルッチの手を布団の中に引きずりこんだ。俺がこうしてしっかり握っている限りルッチは逃げられないだろう。
無抵抗なルッチは、そんな俺を見てまた質問してきた。
「抱きしめるのは許されるのか?」
「えーと……だいじょうぶ?かな」
するとルッチはベッド脇に腰掛け、こちらに身を乗り出した。美丈夫は意地悪そうな笑みを浮かべ、俺の上に軽く覆い被さると顔を覗き込んでくる。
奴の髪がカーテンのように俺の顔にかかってくすぐったい。俺は堪えきれず、ふへへと笑った。
体重をかけない様にしてくれているのだろう。布団から伝わるルッチの体温が心地よかった。
俺が夢見心地でいると、ルッチが拘束されていない方の手を伸ばし俺の頬に触れた。
「ではキスは?」
ルッチが囁いた。
キス!俺は目をパチクリさせた。
「……だ、だめ」
「何故」
「えっと……」
何で駄目なんだ……考えろ俺。ふわふわした頭を必死で動かし思案する。
まるでクイズの制限時間が迫る様に、ルッチがゆっくりと顔を近づけてくるので慌てて口を開いた。
「か、かぜ……!」
うつるから……。
俺が苦し紛れにそう言うとルッチは動きを止めて興味深そうに、ほう?と相槌を打った。
「それはつまり……治ったら問題ないと?」
「あ、え……あの…えっと」
俺が何も言えないでいると奴は楽し気に眼を細め、俺の頬を思い切り抓った。
「いてー!」
「冗談だ」
奴はそう言ってすぐに立ち上がると、壁にかかっていた帽子を取り靴を履き始めた。
どうやら本当に帰るようだ。
「今のは病人の戯言だと受け取ってやる」
次は無い。
閉まっていく扉の隙間からこちらを見たルッチは凶悪犯罪者のような笑みを浮かべていた。
その後、風邪が悪化したのは絶対ルッチのせいだと思う。
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