夢トリップ主人公01


※幼いルッチさんの口調や性格は捏造です。

小さい頃から俺は変な夢を見る。

夜眠るとたまに、摩訶不思議な世界にいるのだ。
その不思議な世界には海賊がいて、それを捕まえる海軍がいて、すごく治安が悪い。おまけに海王類とかいう海の化け物だとか訳の分からない天候や災害が大量発生している。

初めてこの夢の世界に訪れた時、俺はまだ7歳程度だったと思う。海の上で小さなボートに俺は1人ぽつんと乗っていた。
そして目の前にいた化け物に喰われてすぐに目が覚めた。後に知ったが化け物は海王類と呼ばれるらしい。
海王類の口から漂う悪臭と死臭、そしてかみ砕かれたときの痛みは本当にリアルで、目覚めた俺はショックで過呼吸になってしまった。

二回目は、雪が降る町の酒場にいた。その時俺は11歳だったので、酒場のガードマンにボコボコにされ路地裏に捨てられた。
それから俺は物乞いとして2日は生きたと思う。変質者に追いかけられて俺は池に逃げた。池の表面は氷で覆われていたため、その上を進んで向こう側に逃げようとした。だが池の氷が割れてしまい溺死した。

三回目は、無人島にいた。前回のトリップから帰還してまだ1週間も経っていなかったと思う。
サバイバル生活なんて送ったことのない俺だったが、なんとか食料と水を確保し1週間は必死に生き延びた。
だが岩場で足を切ってしまってからは、変色し膨れ上がる足と高熱が俺をじわじわ苦しめた。
やがて動けなくなりひたすら寝たきりの日々を過ごしていると、ある日現実世界に戻っていた。

それで、自分はあっちの世界でようやく死んだのだと悟った。
そして同時に、あの世界で死なないといつまでも現実に戻れないという事に気づいた。

もちろんこんな理不尽な夢、すぐ死んで目覚めたかった。
しかしそれは出来なかった。
おかしな事にこの夢を見るようになってから、意味不明な数字が俺の腕に刻まれるようになったのだ。

確か……はじめは"99"だったと思う。
目が覚めるたび、腕に刻まれたその数字は一つずつ数を減らしていった。
もしかしてこれは俺の命の残機を現しているのではないだろうか。

ではこの数字が0になったらどうなるのだろうか。

そう思うと現実に戻るためにわざわざ死ぬなんて怖くて出来ず、俺は夢の中でもなるべく穏便に生きようとした。
それでも幼く貧弱な俺が生きるには大変厳しい世界で、俺は何度も現実の朝を迎えた。

もう何度目になるだろう。
俺は、だんだんとこの世界で生きる術というものを身に着けていた。
この理不尽な夢は理不尽なりにルールがあるようで、俺が前回の夢で残したものは引き継がれるようになっているらしい。
なので俺は毎回現金や役立ちそうなものを鞄やポケットに入れておいたり、地面に埋めたりした。
もちろんトリップ先や日時は毎回バラバラなため、回収できない道具もあった。
それでも、数多くの自分の死から得たものを引き継いでいけば自ずと初動が楽になった。

いつしか俺は現実でも体を鍛えるようになって、サバイバル術を本や動画で学ぶようになった。
成人する頃には、もうどちらの世界が俺にとっての現実なのか分からなくなっていた。


俺がどんなに努力してもあの世界は相変わらずクソだ。
だがクソみたいな世界で生きる人々は強く、逞しく、皆何か信念を持っていて、次第に俺はそんな世界を気に入るようになった。





さて話を"今見ている夢"に戻そう。
俺は今非常に困っていた。目の前の少年がこちらを不満気にじっと見ているからだ。

もう数えることを忘れた何度目かのこの世界で、俺はこの島にトリップした。
緑が生い茂った島だ。これなら食料にも困らないだろう。当たりの部類に入る場所にトリップできて俺はほっとした。
最初は無人島かと思ったが島には塔のような建物があり、子供たちが体術を学んでいるようだった。
今までの経験上、こういう集団に出くわして見つかった時、良い目に遭ったことがない。
だから俺はそっと気配を消して島の端に逃げた。
そうして人目につかないよう崖の裏の洞穴で慎ましく暮らしていた。半年前までは。
そう、半年前までは。



半年前。
仕掛けた罠に、獲物が掛かっていないか確認しに森へ入ったところ、罠の近くで少年が泣いていた。
やべ。
そう思いそろそろと後ずさりをしたところ、うっかり小枝を踏んでしまった。
パキリという乾いた音に反応して振り向いた少年とばっちり目が合ってしまった。

「おじさん誰」
「お……」

おじさん……。俺まだ25なんだけどな。いいや、このくらいの子にとっては25は立派なおじさんか。
俺が地味に衝撃を受けていると、少年は痺れた様に俺を睨みつけた。

「おじさんは侵入者?」
「い、いやおじさんは……旅行者だよ。観光に来たんだ」

少年は疑わしげな眼をこちらへ向けていた。
この島は世界政府の名のもとに集められた子供たちがなんか訓練している場所らしい。正直そこらへんはどうでも良い。
ただ少年の口ぶり的に、あまり知られてはいけない場所のようだった。
だから俺は土下座をして、俺の存在を誰にも言わないで欲しいと懇願した。
少年はしばらく迷った後、自分が泣いていたことを誰にも言わないなら黙っていると言ってくれた。
ガキなんだから泣いたって変じゃないと思うんだが、少年にとって涙を見せるのは絶対許されないことのようだった。
まぁその少年のプライドのおかげで命拾いできるんだから、俺にとってはどうでも良い。

それから俺たちは自己紹介をした。

「俺は……あー、AAA。よろしくな坊主」
「変な名前」
「こいつ……」

俺は夢で過ごすうちに偽名を使うようになった。
俺の名前はこの世界の人々にとって、珍しい名前として印象に残ってしまうようだった。
死んだ人間が別の場所に現れるというのは、何でもありなこの世界でもあり得ないことだ。
なので本名を使い続けていると色々と不都合だった。だから偽名を使うことにしていた。

「本当の名前?」
「ほんとほんと。坊主は?なんていうんだ?」
「坊主じゃない」

泣いていた少年はロブ・ルッチというらしい。
シルクハットに、平和と書かれた変なTシャツ、そして鳩を連れた不思議な男の子だ。

ルッチ君に泣いていた理由を聞くと、ハトが罠にかかってしまったらしい。
よく見るとルッチ君が抱きかかえているハトは羽を痛めているようだった。

俺のせいじゃん……。
俺のせいなのだが今ここで正直に白状すると絶対ルッチ君のご機嫌を損ねて通報されてしまうので、知らないふりをすることにした。

「い……一体誰がこんな卑劣な罠を設置したんだ!」
「こいつ、もう飛べないかもしれない」
「ポ……」

少年の涙とハトの元気なさそうな声が俺の良心を襲う。

「ち、ちょっとそのハト貸してよ」

少年からハトを受け取ると、俺は自分のシャツを破き、骨折をしてる箇所に布切れを巻き付けた。
さらに翼をたたませ胸を圧迫しないように胴体をぐるりと布切れで固定する。

「10〜14日くらいこんな感じで固定しとけばくっつくかもしれない」

羽ばたいたらその力で骨折が悪化するかもしれないから、絶対安静にしてくれ。
俺がそう言うとルッチ君は、AAAは医者なの?と聞いてきた。

全然違う。現実の俺はしがないコンビニ店員だ。弁当を温めるくらいしか能が無い。昔見た獣医漫画の内容を真似しただけである。
付け焼刃な知識だが、この世界の生き物ってどうしてか頑丈なので、まぁ多分何とかなると思う。

「ただの旅行者さ」

とりあえず俺は格好良く答えておいた。

多分ルッチ君はこの事がきっかけで俺に一目置くようになったんだと思う。

ハトが元気になってからというもの、ルッチ君は毎日のように俺のもとにやってくるようになった。
ルッチ君曰く、俺が変なことをしないか監視しているそうだ。
妙なのに懐かれてしまったなぁ。
たまにパンとか牛乳を持ってきてくれるので、もしかしたら俺のことを捨て犬か何かだと思っているのかもしれない。助かるけど。

ルッチ君は俺が話す島の外の話に興味があるみたいだった。
大変博識なようで、俺の話す内容は大体、本や授業で聞いたことはあるらしい。
しかしルッチ君の知らない話をすると、目をキラキラさせて年相応の顔つきで食いついてくる。
その姿が可愛くて、俺はこの小さな訪問者との逢瀬を日々の楽しみにしていた。

ルッチ君は過酷な修行をしているようでたまにボロボロな姿でやってくる。
大丈夫かと聞いてもルッチ君は平気だとしか言わない。

「ルッチ君。疲れたなら疲れたって言って良いんだよ。おじさんは疲れて倒れるくらいなら、疲れる前に休んだ方がよっぽど効率的だと思うなぁ」
「AAAが気にすることじゃない」
「気にするよ。ルッチ君が大好きだからね」

だいすき……ルッチ君はそう呟くと顔を真っ赤にして走って帰ってしまった。
それからルッチ君は息抜きという言葉を覚えたのか、俺の元に来ては俺の膝を枕にして眠るのがお気に入りとなった。

「ルッチ君。おじさん膝痺れたよ……」
「AAAが、疲れたなら倒れる前に休んだ方が良いって言ったんだ。責任とれ」
「ええー」




そうしてルッチ君と仲良くなって半年経った。
だが俺は今、そのルッチ君によって崖に追い詰められている。

「ル、ルッチ君」

ルッチ君はむすっとした表情で俺を睨んでいる。


ルッチ君が将来なるというサイファーポールという組織は世界政府の諜報機関らしい。
じゃあ偽名とか必要だねという話になった。するとルッチ君は、俺は強いから必要ないなどと意味不明なことを言い出した。
いやスパイでしょ?いるでしょ。本名で活動する気なの?スパイじゃない俺だって偽名使ってるし。偽名って気楽だし簡単だよ。
俺はうっかりそんなことを言ってしまった。

「AAAってやっぱり偽名なのか」
「はっ」

しまった!
それからだ。ルッチ君は本名を聞こうと俺を追いかけ回した。そうして今、俺は崖に追い詰められている。
これじゃあ刑事さんに追い詰められた犯人と同じじゃないか。


「……俺、最近覚えた技がある」
「え、何かな」
「"撥"」

ドキュウン!

銃声と共に俺の足元で小さく土が破裂した。え?何?え?

「言わないと体に穴をあける」
「ルッチ君!?」
「5、4、3、2……」

死のカウントダウンをする悪魔に、俺はたまらず叫んだ。

「わーっ待て!待て!」
「じゃあ早く言え」
「ナマエ!ナマエです!」

本当だろうな?とルッチ君が言う。こらこら疑うのは良くないぞ。

「ナマエ」
「うん」
「ナマエ……ナマエ」
「うん」
「変な名前」

こいつ〜!
ルッチ君は嬉しそうだった。


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