デレデレ主人公12


友達のいないルッチさんを憐れに思い、鍋パーティーを開催する話。

「肉とネギと白菜と豆腐とえのき……なんか普通ですね……もっと面白いもの入れますか?生クリームとかパイナップルとか」
「やめろ。闇鍋をする気はない」

ルッチ、闇鍋知ってるんだ。
ルッチは俺がカゴにつっこんだ生クリームとパイナップルを商品棚に戻してしまった。


今日は鍋パーティー。この日俺たちは買い物をしていた。


「酒も買おう。ビールで良いですか?」
「俺はブランデーが良い」
「わかった。じゃあチーズとかハムも買いますか。家にクラッカーあるから食って良いですよ。あ、スパム安い。これも買うか」
「スパムを買うならお前を殺す」
「何で!?」

後から店に駆け込まなくて良いよう食料や酒を大量に買い込むと、俺たちはボロアパートに戻った。
ルッチがテーブルにガスコンロと鍋を設置している間に、俺は鍋の具材を適当に切っておく。

そうして俺たちの、初めてにして多分最後の鍋パーティーが始まった。




「ナマエ。だめだ野菜を取れ。後こっち側を食え。煮込んでからもう随分経つ」

ルッチは鍋将軍だった。おたまを人質にとった奴が見張っているせいで俺は野菜ばかり食うハメになった。

「ルッチさん、俺肉が食べたいです」
「却下する」
「な、なぜ……いっぱい買ったのに」
「すべて俺が食う」

何で独り占めすんのさ。だから友達いないんじゃないの?
鍋将軍は、肉を狙い箸を伸ばす俺の手を菜箸や指銃やハットリで妨害してくるので、やがて俺はルッチが肉を食べる姿を指を咥えて見ていることしか出来なかった。

ルッチって結構大口開けてワイルドに食べるんだなぁ。

鍋が空っぽになっても成人男性2人の胃袋は満足しない。それから俺たちは酒やつまみを食い散らかした。
ハットリが一気飲みしたり、俺がエアギターを披露したり、お隣さんに壁を叩かれたのでルッチが壁を叩き返したり、ルッチの代わりに俺がお隣さんに謝罪したりした。


「トイレは」
「あのドア」

ドアを開け3点ユニットバスを見たルッチは俺に憐れみの目を向けながら、独房かと思ったとか言ってきた。うるせぇ。
トイレから戻ってきたルッチに今日は遅いから泊まって行けよと言うと奴は渋い顔をした。

「いや別に何もしませんよ……」
「どうだか」

旅行の時、俺の体をいやらしい目で見ていたじゃないかと言われギクリとした。

「いいいいいいいいえ、俺は信じてる宗教があるから。清らかな体を維持するんで」

奴はハッと笑った。完全に馬鹿にしてる。俺の架空の信仰心は本物なんだぞ。

「では俺はベッド。お前は床だ」
「いやルッチの身長じゃベッドから足はみ出るよ。床で寝なさいよ」
「お前は恋人を床に寝かせるのか?」

じゃあ何で俺(恋人)を床に寝かせようとするんだよ!




寝袋があって良かったなあ。
芋虫の様に床に転がる俺は、過去の自分の用意の良さに感謝した。
ルッチは消すぞと一言俺に言うと、部屋の明かりを消し俺のベッドに潜り込んだ。ここ俺ん家なのにな。

「ルッチさん。電気を消して寝床に着いた瞬間からがお泊まり会の本番ですよ」
「どういうことだ」
「恋バナとかするんですよ」

1番可愛い女子って誰だと思う〜?とかキャッキャ話し合うのだ。

「……俺たちに恋バナとやらは不要では?」

そうだった。俺たち恋人同士じゃん。じゃあもう大人しく寝るしかない。ボーイズトークを諦めた俺は布団を深くかぶった。
カチコチと秒針を刻む時計の音を聞きながら俺は目を閉じていたが、薄い寝袋から伝わる硬い床の感覚に慣れずなかなか寝付けなかった。
俺がゴソゴソしていると、ベッドの上の男が口を開いた。

「……お前は」

そこでルッチは一瞬言い淀んだが、言葉を続けた。

「朝が来ないとは考えないのか」

俺はルッチを見た。
ベッド横の窓に吊るしてあるカーテン代わりの洗濯物はやはりカーテンの役割を果たせておらず、隙間から差し込む月明りがはっきりとルッチを照らしていた。

「眠っている間に、正気に戻った俺に殺されると思わないのか」

ルッチは天井をじっと見ているようだった。
俺は正直に答えることにした。

「それは……ちょっと考えました」

俺は続けた。

「あのさ、友達いないの?とか偉そうに色々言いましたけど……俺、家に人呼ぶのルッチが初めてなんですよ」

壁ドンも顎クイもデートも強盗も海外旅行もパンツ一丁も、全部ルッチが初めてだった。
代わり映えのしない日常を送っていた俺にとって、ルッチと過ごす日々は初めての連続で。

「なんだかんだ言って、ルッチと会えて良かったって思ってる」

だからって別に死んでも良いとは思わないけどさ。
でもどうせ殺されるんなら、気づかないうちに死んだ方が良いじゃん。
恐怖と痛みの中死ぬくらいなら、良い思い出に囲まれて眠っている間に死ぬのってそんなに悪いことじゃない気がする。
変かな?

ルッチは沈黙していた。







朝。俺は生きていた。

「ルッチ、朝ですよ。起きろー」

フライパンにおたまをぶつけて騒音をかき鳴らすとルッチは目を開けてこちらを睨んだ。
顔こわ。

「おはようございます」
「……」
「二度寝すんな」

往生際の悪いルッチを起こそうと手を伸ばすと、視界が反転し俺はベッドの上にいた。
何が起きたか理解出来なかった。

「ナマエ……」

ルッチだ。
ルッチが俺に覆いかぶさっている。
俺はルッチを退かし起きあがろうと、奴の胸に拳を当て押し返した。
するとルッチは俺の両手をまとめて左手で掴み上げると、ベッドボードに縫い留めそのままグッと顔を近づけてきた。

「ちょ」

キスされる。思わず顔を背けると、ルッチは目標を変えたようで、俺の首に頭を埋めた。
くすぐったい。っていうか、ルッチさん寝ぼけてる。

「わ、あの…ちょっとルッチさん、おい……ルッチって!」

ジタバタ暴れるが力の差がありすぎる。

ルッチの厚い唇が俺の首筋をなぞり上げると同時に、奴の右手が俺の胸、鳩尾、ヘソを撫でるように伝い、どんどん下の方へ移動していき、やがて俺のズボンに潜り込んだ。
わー!わー!それはさすがにまずい!

「ルッチ!!!!」

たまらず俺が怒鳴ると、ルッチはハッと動きを止めた。
その隙をついて俺は片足をルッチの体にまわすと、グルンとルッチごと回転し、奴の上に覆いかぶさった。
そうして今度は俺がルッチを押し倒して、奴の両手を押さえつけた。

ルッチの熱を孕んだ瞳と目が合う。
しかしそれは一瞬のことで、ルッチはすぐに顔を背けた。

「…………悪かった」

ルッチは自己嫌悪しているようだった。
いや悪いのは俺の方だ。
ルッチが俺に恋愛感情を抱いてる事を知りながら、その気もないのに家に泊めるなんて残酷な事をしてしまった。

そろそろ潮時かもしれない。
時折向けられる視線に見て見ぬ振りをして、ルッチの好意に胡坐をかいている自分に俺はもう耐えられなくなった。

「ごめん。ルッチ」

俺は卑怯な前置きをした後、ルッチに真実を伝えることにした。

「俺は悪魔の実の能力者なんだ」



ルッチを解放しベッド脇に腰を下ろすと、俺はそれまでの経緯や能力の詳細を伝えた。
話を聞く前も聞いた後も、ルッチは昨日の夜のように無言でずっと天井を見ていた。

「だから今のお前が俺に向けている感情は全部偽物なんだ。好きとか愛してるとか、抱きたいとか抱かれたいとか、全部嘘だ。本当のお前の気持ちじゃない」

目の前にいるこの男は、俺が作り出した仮初の恋人だ。本物のルッチじゃない。
仮に俺が不埒な行為を強いたとしても"こいつ"は受け入れるだろう。
だが"ロブ・ルッチ"は違う。

「正気に返った時、お前は絶対後悔する」

だから一線を超えるつもりはない。
それが俺が"こいつ"と"ロブ・ルッチ"に出来るせめてもの誠意だった。




長い沈黙の後、ルッチがポツリと呟いた。

「お前は、俺のこの感情が正気でないと、偽りだというのか?」

俺は当然だろうと答えた。

「…………もし、俺がとっくに正気を取り戻していて、それでもお前と共にいたら、とは考えないのか?」

ルッチは苦しげな表情を浮かべていた。
俺は一瞬言葉に詰まった。

だけど俺は、優しい目をした男が、突然憎悪に満ちた目で俺を睨みつける瞬間を何度も見た。
さっきまで呆れたように笑っていた男が、侮蔑の表情を浮かべ詰ってくる瞬間を何度も経験した。
だから……だから、考えるまでもないじゃないか。

「ロブ・ルッチは俺を愛さない」



ルッチは何も言わず出て行った。
それ以来、家にもバイト先にもいつもの公園にも来なくなった。


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