デレデレ主人公13


ルッチさんの誕生日を祝う話

今日はロブ・ルッチの誕生日だ。
あれきりルッチは休日にすら姿を現さなくなった。

今日は食事の約束していたわけだが、きっと彼は来ないだろう。
そう分かってはいたが、俺の足は待ち合わせの場所へ向かっていた。

ちょっと早く広場の噴水の前に着いてしまった俺は、近くの花屋に寄って花なんて買ってみた。
俺はもちろんルッチも花なんて興味ないと思うが、今日は特別な日なんだしちょっとはりきっても良いだろう。
俺はひとまず綺麗な花を一本だけ包んでもらうことにした。

待ち合わせ場所で待っていたが、約束の10分前になってもやはりルッチは現れなかった。
俺は予約していたレストランで待つことにした。
いや分かっている。奴は来ない。来ないことは分かっていたがそれでも俺は待ち続けた。
あんな風にルッチを突き放した癖に、俺はルッチとの日常を維持したかった。だから何事もなかったように振舞い続けた。
気を紛らわすため開いたメニューには値段が書いておらず、不安になったので急いで閉じた。
店員さんは水しか頼まない俺を不審そうに見ていた。


いつもはルッチの方が早くくるんだけどな。ルッチは俺が1分でも遅刻すると正座させて長時間説教してくる。

いつだったか、道端で倒れていたお爺さんを介抱し病院に運んだせいでデートに3時間遅刻したことがあった。
もういないだろうなと思いながら一応公園へ行くと、ルッチはそこにいた。
ずっと待っていたようで、俺を見るなりホッとした様子で微笑み、それから俺を思い切り殴った。
次に目が覚めると俺は病院のベッドにいた。隣のベッドにはあのお爺さんが寝ていて、俺とお爺さんと見舞いに来たルッチはちょっと仲良くなった。

そんなことを思い出して俺はクスリと笑った。
それ以来ルッチは俺が遅刻すると、一応理由を聞いてくれるようになったからだ。

そう言えば俺とルッチがお付き合いを始めてから、いつの間にかもう5か月くらいが経っていた。
悪魔の実の図鑑に記載されていた最長効果時間をもうすぐ超えそうなわけだが、新記録になるのではないだろうか。
効果の切れ始めは早かったが、ルッチが未だ俺を殺さないということはデレデレの力が未だ継続しているという証拠になるだろう。
図鑑の出版社に問い合わせたら記録更新とかしてもらえるのだろうか。
こんなに長く効くということは、あの日ルッチはどれだけ俺を殺したかったんだろうか。
そう考えるとあまり喜ばしい気持ちにはなれない。
だけどこのままずっと効果が続いてくれたら俺は生きていられる……。それは少し複雑だった。


そんなことを考えながら1時間、2時間……

結局、3時間待ったが予想通りルッチは来なかった。
スタッフに、もうラストオーダーの時間になるのでと申し訳なさそうに言われてしまえば、店を出ない訳にはいかなかった。
もともと俺の自己満足で、勝手に待っていただけだ。だから特に不満もない。




俺はゆっくり帰路に付いた。すっかり暗くなった帰り道を歩きながら考える。
ルッチは今どうしてるだろう。
俺とルッチの関係は、ルッチからの一方的なもので成り立っていた。
奴がふらっと俺の家やバイト先に現れて、俺を振り回して、そしてどこかへ去っていく。そんな関係だった。

よくよく考えたら俺はルッチのことを全く知らないことに気づいた。家はもちろん、連絡先も、どんな仕事をしているのかすら知らない。随分前に聞きそびれたままだ。
だからきっとこれからも知らないままなのだろう。

あの日、家を出ていったルッチを追いかけていれば何か変わったのだろうか。

そんなことを思いながら歩いているとハトの鳴き声が聞こえた。夜にハトの鳴き声だなんて。
慌てて鳴き声がする方を向くと、ハットリが街灯の明かりに白い羽を反射させながら公園へ飛んでいく姿が見えた。
ついていくと公園のベンチにルッチが座っていた。

「ルッチ……」

肩にハトを乗せた男はベンチに座って足元を見ていた。
俺が声を掛けると一度ちらりとこちらを見たが、やはり視線を足元に戻した。

「あの……誕生日おめでとう」

色々言いたいことはあったが、いざ目の前にすると何も言えず。
口から出た言葉は、殴り飛ばしたくなるような空気の読めない祝福だった。

「あ……あのさ、これ、ルッチに」

ルッチの手に花を押し付けるものの、ルッチは受け取る気がないようだった。
だから必然的に、花はルッチの足元に落ちてしまった。

俺が拾い上げようとすると、お前は何がしたいんだ?とルッチが口を開いた。

「俺の感情を否定するくせに、誕生日祝いだと?
悪魔の実の効果が切れたとき殺されないよう、機嫌でも取ってるのか?」

どうせなら、とルッチは続けた。

「もっと恋人らしい方法で命乞いをしたらどうだ?」

正気に戻ってもこれまでの記憶は残っているのだから、一度情を交わした相手くらいは見逃すかもしれないぞ。
そう言ったルッチは皮肉な笑みを唇の端に浮かべ、軽蔑のまなざしで俺を見つめていた。
それは暗に体でも使って媚びたらどうだと揶揄していた。
ルッチがそう言うならそうなのかもしれない。でも俺は"こいつ"も"ロブ・ルッチ"も傷つけたくなかった。

「ルッチとだけは、絶対にしない」

俺がそう言うと、ルッチから笑みが剥げ落ちた。

「ごめん。処分するから」

やっぱり俺たちに花は必要ないみたいだ。捨てられるくらいなら自分で処分したほうが気が楽である。
ひとまず花を拾おうとルッチの足元に屈み手を伸ばすと、ルッチが座ったまま左足を軽く上げた。

「―いや、俺が処分しよう。せっかくの"恋人"からの贈り物だからな」

手を伸ばした先にルッチの左足がゆっくりと落ちてきた。真下の花は形を変え、そしてルッチの靴に覆われて完全に見えなくなった。
ルッチは踵を押さえつけて、煙草を灰皿に押し付けるような動作で足を左右に動かした。

やがてルッチが地面から左足を退かすと、酷く潰れた花が姿を見せた。
俺はルッチを見た。ルッチも俺を見ていた。
初めて会った時のような、何の関心もない目で俺を見下ろしていた。

「時間切れだ」

男は静かに続けた。

「次会う時は殺す」



失せろという声に押され、俺はヨロヨロを起き上がり公園を後にした。
角を曲がる時チラリと公園を横目で見るとルッチはもう居なかった。

潰れた花だけが残されていた。




◇◇◇




目の前の電伝虫は器用にもアイマスクをして眠そうな顔をしていた。

『じゃあ別れたんだ』
「そういうことになります」
『あららら……傷心?慰めてあげようか』
「じゃあ今度ヤケ酒付き合ってください」
『良いけど』
「ご馳走になります」
『待て待て、俺が奢るの?やだよ』

そこをなんとかと俺が言うと、クザンさんは話題を戻した。

『で?どうすんのさ。これから』

俺は、明日この島から出る事をクザンさんに伝えた。バイトをバックれる事になるが仕方ない。

『…………あのさ、それ"元カノ"に言った?』

クザンさんは妙な事を聞いてきた。言うわけないだろう。俺がそう答えると、クザンさんは急に迎えに行くと言いだした。
だが海軍大将を動かすわけにはいかないと断り、俺は無理矢理通話を終えた。

荷物をまとめようと部屋を見渡して俺はようやく気が付いた。
壁に貼られた記念写真や床に置きっぱなしの旅行雑誌の束、壁にかかったアロハシャツ、キッチンに散らばるボコボコに凹んだスパム。

島を出る時のために断捨離してたのになぁ。


いつの間にか部屋はルッチとの思い出に溢れていた。


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