デレデレ主人公02


01の続き。短いです。

昨日人生初の壁ドンと顎クイを経験した俺は、仮病を使いバイトを休んで図書館にいる。
お目当ての本を見つけパラパラとページを巡っている最中だ。
本のタイトルは悪魔の実の図鑑。

1つ思い当たることがある。
実は3年前、俺は忘年会で酔っ払った勢いで寒中水泳をしたことがあった。
大波に攫われ無人島に流された俺は3日間サバイバル生活を送ったのだが、その無人島にはグルグル模様のクソ不味い果物がたった一つ生っているだけだった。
そのため、海軍に保護されるまでそのクソ不味い果物を食べて飢えを凌いでいたのだが、これをバイト仲間に武勇伝として語るとたまに『それって悪魔の実じゃない?』と言われることがある。
そんなわけ!
当時はそう笑い飛ばしていたが、もしかして。
……もしかしてあれは本当に悪魔の実で、それを食べた俺は知らず知らず能力者になっていたのではないだろうか。
世の中には自分に見惚れた相手を石にする悪魔の実があるらしい。
ならばその気がない相手を惚れさせる悪魔の実があってもおかしくない。
だから昨日、それらに類似する能力が発動したと考えれば、ロブさんの不自然な告白も辻褄が合うのだ。

怪しい記憶を頼りに1ページ1ページ確認する。
確か形は松かさのようにボコボコトゲトゲしていて、色は黄色と紫の縞々模様。
今にして思えばよくあんなん食おうと思ったなと自分に感心しながら図鑑を巡っていくと、あるページで手が止まった。

デレデレの実。
そんな名前とともに俺が食べたあの果物の写真が載っていた。

『対象が抱く、自分に対する負の感情を恋愛感情へ変換させることができる。
負の感情が強いほど効果も強くより長く効く。
また、同じ相手には二度と作用しない。』

「まじか……」

そういうことか。あの日以来シャワーを浴びると力が抜けるのでなんか変だなとは思っていたのだ。
俺は悪魔の実の能力者だったのか。

つまり、昨日俺が放った謎の光はこのデレデレの実とやらの能力だったのだ。(ひとまずデレデレビームと命名しよう)
デレデレビームが直撃したロブさんは俺を好きになってしまい殺せなくなってしまったわけだ。

さて、ここで重要なのは"長く効く"という点である。つまり効果は永久ではないのだ。しかも同じ相手には二度と通用しない。
図鑑をよくよく読むと、最短で1ヶ月、最長で半年ほどで完全に効果が切れると書かれていた。
そして正気に戻っても期間中の記憶は残っているらしい。

ということはロブさんはいずれ正気に戻る。そして正気に戻った時ロブさんは俺と付き合っている事を覚えている。
何て最悪な能力なんだ。我に返ったロブさんはきっと想像もつかないくらい残虐な方法で俺を殺すに違いない。

昨日壁ドンしてきたロブさんを思い出す。額に青筋が立っていてとても怖かった。
能力によって殺意がデレに変換されていく中で、奴はその変換速度を上回るほどの新たな殺意を生み出し何度も俺を殺そうと奮起していた。
恐ろしい男である。だがあれほどの負の感情なら少なくとも半年は効果が続くのではないだろうか。
いやわからない。なにせデレデレビームなんて初めて使ったのだ。もしかしたら明日には正気に戻るかもしれない。
確かなことは、見えない死のカウントダウンは今も確実に進んでいるという事だけだ。


「……いっそ昨日苦しまずに殺されてた方が良かったかも」

これ以上ロブさんを刺激しないためにも、なるべく関わらずお互い清らかな関係でいなければ。

トボトボと図書館を後にし帰路に着くと、部屋の前に死神が立っていた。間違えた、ロブさんが立っていた。
昨日と同じ黒いスーツ姿にシルクハットの伊達男は玄関に寄りかかり、むっつりとした表情で通路の手すりを見つめている。
思わずUターンしようか迷った。しかしとっくに俺に気づいていたのだろう、錆びた手すりをじっと見つめたままロブさんが口を開いた。

「今日は風邪をひいて寝込んでいると聞いたが」

何故知っているのだと驚いているとロブさんは、店長に聞いたと付け足した。
どうやら一夜にして俺のバイト先を調べ上げ、本日の俺の予定を把握したらしい。
相当重い男である。恋人のことは何でも知りたいのだろうか。いや恋人なら知りたいと思うのは当然なのかな。っていうか今は真昼間だけどロブさんは日中働いていないのだろうか。

「なぜ外出している」
「えっと、ほら、あの、病院に……」
「なら診断書を見せろ」
「……病院に行こうと思ったけど具合が悪すぎて倒れそうになったんで引き返してきました」

苦し紛れに言うとロブさんは、そうかと言った。

「それは大変だな。見舞いに来た。料理を作ってやろう」
「え」

今まで気づかなかったがロブさんの手首には買い物袋が引っかかっていた。
恋人には尽くすタイプなんだろうか。いやただ監視されているだけな気もする。
返事に困る俺を無視し、ロブさんはさも当然のように俺の部屋に入れろと促すので慌てて止めた。

「昨日も言いましたが宗教上の理由で……」
「調べたところ、お前が言う宗教は存在しなかった」

はわわ。

「安心しろ。とって食いやしない」

俺の心情を察したのかロブさんは眉を歪ませて歪に笑った。

そうしてアクションスターの如く扉を蹴破り俺の部屋へ侵入したロブさんはシンクに溜まった皿や床に散らばる弁当やピザの空箱を見て俺に冷たい視線を浴びせた。

「昨日までは綺麗だったんです」
「昨日の夜と変わりないが」
「昨日の昼までは綺麗だったんです」

ロブさんは何か言おうとしたが、諦め、首を振ると、なんと皿を洗い始めた。
やがてすべての皿を洗い終えシンクを空にすると持参してきた袋から食材を取り出し、何やら調理を始めたではないか。
トントントンとネギを切る小気味よい音がロブさんの背中越しに聞こえてくる。

風邪をひいた時恋人に看病してもらう、というのは恋人が出来たらやりたいことリストの一つであった。
壁ドンや顎クイもリストに載っていた。すべてロブさんで消化してしまった。
このままではTODOリストのイベントすべてをロブさんで卒業してしまいそうである。

そんなことを考えながらジャガイモの皮を剥ぐ男をボーッと眺めていると、ロブさんは包丁を持った手で床に散らばるゴミを指し、片付けを命じてきた。

「捨てて来い」

おかしいな、俺具合悪い設定なんだけど。


結論から言うと片付いた部屋で食べるロブさんの料理はとても美味しかった。
男はご馳走にがっつく俺を豚を見る様な目でしばし静観していたが、やがて感謝と賛辞を述べる俺を無視して、壁にかかった合鍵を奪うとあっさりと帰っていった。
多分、見舞いというより俺の家の鍵が目的だったんだと思う。

以来、たまにロブさんが家に遊びに来るようになってしまった。


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