夢トリップ主人公02


犬小屋をグレードアップする話。
※幼いルッチさんの口調や性格は捏造です。

俺がこの島にトリップして1年半が経った。それは俺の異世界滞在の最長記録でもあった。
少年と俺の奇妙な交流は現在も続いていた。
ルッチ君はどんなに忙しい時でも必ず俺の住まいに訪れては、今日もちゃんと俺が生きてることを確認しに来る。俺を家族に隠れて飼っているペットか何かだと思ってるんだろうか。

ルッチ君はなかなか尽くしてくれるタイプのようで、牛乳やパンだけでなく稀に不用品も貢いでくれた。
それは使い古してボキボキに折れたクレヨンだったり、ボロボロの毛布だったり、ぺちゃんこのクッションだったり、薄汚れたボールだったりした。
だから俺の洞窟はルッチ君のおかげで段々と犬小屋らしい住まいになりつつあった。

しかし人間の欲は尽きることが無い。
さらによりよい生活を目指そうと、俺はござを編み始めるようになった。これがなかなか楽しくていい暇つぶしになる。
俺が夢中で編んでいると小さい影が現れ、手元を暗くした。

「今日は扉をとりつけるぞ」

ルッチ君だ。
大きな板を持ったルッチ君は張り切っているようだった。
先日の台風で、風圧に負けた俺がキリストのように壁に張り付いて死にかけていたのがよほどトラウマになったのかもしれない。
DIYに目覚めたルッチ君はテキパキと板を削り、木釘で板を組み立てると、あっという間に洞窟に扉を拵えた。

「おお……」
「まァこれで雨風は凌げるだろ」

これはお世辞抜きにありがたかった。まさかルッチ君にこんなスキルがあるだなんて。たった2時間で扉を作れるものなんだろうか。この子本当に何でもできるなぁ。
ちなみに俺も手伝おうとしたがすぐに戦力外通達をされて見学となった。

「ルッチ君ありがとな」

心からの感謝を伝えるとルッチ君は照れちゃったみたいでシルクハットをギュッと深く被って顔を隠してしまった。うーん、可愛い。

「ルッチ君、将来大工さんになれるなぁ」
「俺はサイファーポールになるんだ。そんなものにはならない」
「サイファーポールに落ちた時、大工さんになればいいさ」
「落ちない!」

人生何があるかわからないんだぞルッチ君。おじさんだって昔は絶対宇宙飛行士になると思っていた時期がありましたとも。
俺はとりあえずルッチ君の頭を撫でた。ルッチ君はムスッとしつつ大人しく撫でさせてくれた。いい子いい子。

「ルッチ君には貰ってばっかだなぁ。何か恩返ししないとな」
「ナマエがいればいい」
「ルッチ君……」

ルッチ君なんて可愛いんだ。おじさんはルッチ君がいつか誘拐されないか心配だよ。

「ルッチ君誕生日いつなんだ?」
「……別に良い」
「遠慮すんなよ」
「…………」

ルッチ君は暫く言い淀んでいた。
ルッチ君?と俺が促すとルッチ君はおずおずと口を開いた。

「6月2日」
「6月2日かぁ。そういや今日って何日だ?」
「6月2日」

???
ん?
んん?

「今日か!!」

俺の叫び声に驚いたのか、ルッチ君が体をビクッとさせた。
ルッチ君の誕生日今日なの?急すぎるわ……。

じゃあ俺、誕生日の子に自分の家の扉作らせちゃったの……?嘘でしょ?

「ルッチ君、ごめんな……俺何にも用意してないわ」
「別に良い。教えてなかったし。それに誕生日なんてサイファーポールには関係ない」
「サイファーポールに関係なくても俺には関係あるよ」

そうだ、今編んでるございるか?と聞くと、そんなのいらないと即答されてしまった。子供は素直だなぁ。

「なら膝枕しろ」
「はいはい」

膝枕なんていつもしてるじゃん。ルッチ君は無欲だな。
無事サイファーポールとかいう訳分からん職に就けると良いね。
でも俺は大工さんのルッチ君の方が好きだな。
諜報機関は危険な香りがするから、平和な道を歩んで欲しい。

俺がそう言うとルッチ君は、寝るから黙ってろと言ってシルクハットを顔に乗せてしまった。
だからどんな顔で聞いていたのかは分からなかった。
ルッチ君が目覚めたのはその1時間後で、その頃には俺の足は感覚が無くなっていた。




ルッチ君は帰り際、扉の上にプレートを取り付けて、クレヨンで『ナマエのいえ』と書いてくれた。
そのルッチ君の粋な計らいにより、洞窟はますます犬小屋のように見えた。ありがとうな。ワン。

「……ん?なんか他にも書いてある……?」
「あ!見るな!バカ!」

ルッチ君が俺の視界を塞ごうとぴょんぴょん跳ねた。
プレートをよく見ると『ナマエのいえ』の前に、何か文字が書かれていて、それはボツになったのか白いクレヨンで塗り潰され巧妙に隠されていた。

「見るな!見るな!」

ルッチ君は顔を真っ赤にして俺の腹をぽかぽか殴ったり、足を蹴ってきた。痛い痛い痛い。

俺は爪で白いクレヨンを削ぎ落とした。
下に書かれていた文字も少し落ちてしまった。
だから俯いてるルッチ君からクレヨンを奪うと、消えかかった文字を上から強くなぞった。

「よし!」

どうだ?と俺が聞くとルッチ君はプレートを見てカチンコチンに固まってしまった。
やがてルッチ君は帽子を深く被って、俺の腹を一度ポカリと叩いた。

「……も、文字の太さがそこだけ違うから、バランス悪い」
「じゃあ残りもなぞるかぁ」



そうして短いクレヨンが役目を果たし消え尽きた頃には、『ルッチとナマエのいえ』とデカデカと書かれたプレートが完成していた。
うん。2人部屋なら犬小屋って感じはしないな。


その後ルッチ君は何故かプレートを持って帰りたがったため、周囲に俺の存在がバレては困ると説得する羽目になったのはまた別の話だ。


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