夢トリップ主人公03


手合わせする話。
※幼いルッチさんの口調や性格は捏造です。

ルッチ君は今日も来た。しかも牛乳とパンを持っている。やった〜配給日だ。助かるなぁ。
俺はありがたく受け取った。

今日は洞窟から少し離れた岩場で海水に足を突っ込んで2人で涼んでいる。
水平線を眺めながらボーっとするのはなかなか悪くない。
俺がそう言うとルッチ君は、ナマエはいつもボーっとしてるだろと呆れたように言った。

「そういえばルッチ君って普段何してるの?」
「ナマエの世話」
「いや俺の世話以外でさ……」

やっぱ俺飼いならされてるよな……。
ルッチ君からもらったパンを齧りながらしみじみ思う。

「立派なサイファーポールになれるよう日々訓練してる」
「例えばどんな訓練?」
「たとえば……」

ルッチ君はちょっと考えてから、俺に向かって言った。

「ナマエ、俺を思い切り殴ってみろ」
「えっ」

ルッチ君がとんでもないことを言うので俺はびっくりした。
俺に児童虐待の趣味はない。

「や、やだよ……ルッチ君痛い思いしちゃうでしょうが……」
「いいから殴ってみろ。ナマエのパンチじゃ痛くも痒くもない」
「ええ……」

ルッチ君はこうなると頑固だ。
仕方ないのでルッチ君の小さな手を掴んで、手のひらにデコピンすることにした。
まぁここなら大して痛くないだろう。中指だと強すぎるから人差し指にしようかな。
ルッチ君は不満気な顔をしていたが無視だ無視。後で泣かれて困るのは俺なのだ。

「思いっきり弾くぞ?泣くなよ?」
「ナマエこそな」

生意気言っちゃってまぁ……。
ルッチ君には申し訳ないが、いい加減俺の威厳というものを見せるときが来たのかもしれない。
若い内に大人の怖さを教えてあげるのも一つの愛だ。俺は強めにデコピンをすることにした。
これでも俺は高校時代、デコピン大会でクラス一位になったのだ。卒業後もスマホで指を鍛えていたから負ける気がしない。
ルッチ君、泣いたらごめんよ。

行くぞ!と俺は声をかけ、ルッチ君の手のひらに向かって指を弾いた。

バチッ!

何かとても固いものに思いきりぶつかった、そんな衝撃と痛みが爪から伝わった。

「ああああっ!!痛ェ〜〜〜!!」

俺は人差し指を押さえてのた打ち回った。
一体何が起きたんだ?なんか鉄みたいなのにぶつかったような感覚だったぞ?ルッチ君、鉄仕込んだの?
そんな俺を見てルッチ君は得意げに鼻を鳴らした。

「"鉄塊"だ」
「てっ……え?ごめん何?」
「今のは"鉄塊"だ」

どうやらルッチ君はサイファーポールになるため日々修行と、それから六式という意味分からん技を習得しているそうだ。
六式とは、厳しい訓練を積んだ者だけが身に着けられる意味分からん体術らしい。
そして今俺が返り討ちにあったのは、六式の一つ"鉄塊"という技で手のひらを鉄のように固くしたためだったらしい。意味分からん。

……殴ってたら骨が折れてたかも。
ルッチ君がホッとしたように呟いたので、俺は自分の優しさに感謝した。やっぱ児童虐待はするもんじゃないよな。

「まだまだ未完成だけど、ナマエくらいの雑魚には問題なさそうだ」
「こらこら」

真実は時に人を傷つける。おじさんを言葉のナイフで傷つけるのやめてもらおうか。

「俺にも出来ないかな。その"鉄塊"っていうの」
「無理だな」

ルッチ君はバッサリと俺を切り捨てた。

「血のにじむ様な訓練が必要なんだ。ナマエは出来るか?」
「無理」

ルッチ君から恵んでもらった牛乳を一気飲みした俺はゴロリと寝ころんだ。あーあ。便利だと思ったんだがなぁ。

「じゃあルッチ君は頑張ってるんだねぇ」
「弱さは罪だからな。正義はより強くないといけない。強さこそが正義だ」
「そっかぁ」

なら俺は罪人だなぁ。
俺がそう呟くとルッチ君は慌てたように口を開いた。

「俺がその分強くなるからナマエは弱くても大丈夫だ」
「おお〜かっこいい〜」

ルッチ君はふふんと誇らしげに胸を張った。
うん。ルッチ君が俺の分も頑張ってくれるそうなので、俺はだらだらしてて問題ないな。
しかしそんな我武者羅に訓練に明け暮れていては、ルッチ君はいつかバーンアウトするんじゃないだろうか。

「お友達と遊んだりしないのか?」
「無い。そんな暇があるなら訓練をする」
「ええ」
「それにナマエの世話もある」
「じゃあルッチ君の息抜きのために何かお話でもしようかな」
「!」

責任感ある俺の飼育係に幸あれ。
ルッチ君は目を輝かせた。

「俺、巨大金魚のフンに上陸した時の話聞きたい!」
「あれかぁ……良いぞ。じゃあまず、俺が樽に詰められて嵐の海へ放り投げられた所から話そうか」

その後もルッチ君は沢山の話を聞きたがったので俺は色々な話をした。たまに日本の話も交えた。
もう現実世界に1年半以上戻っていない。故郷を忘れないようにするためでもあった。

「……それで咄嗟に鍵盤ハーモニカを吹いたら、音に気づいた漁船がやってきて俺は無事保護されたんだよ」

やがて日が沈み始めたので俺は話を締めくくった。そろそろお別れの時間だ。

「ナマエの冒険話は命がいくつあっても足りないな」

ルッチ君が感心したように言ったので俺は乾いた笑いを返した。
実際、これらの冒険話は命がいくつあっても足りなかった。
俺はちらりと自分の腕を見た。

今や腕に刻まれた数字は"4"になっていた。


「今度来たときは、俺がカマバッカ王国で新たな扉を開いた時の話をしてやるよ」
「ひ、開いたのか?」
「安心しろとっくに閉じたから」

鍵もかけたわ。




「あ、そうだ。ナマエ」

帰り際ルッチ君は思い出したように俺の名を呼んだ。
デコピンを受けた時、ルッチ君は"手合"とか言う訳分からん技で俺の力量を図ったそうだ。

「ナマエの道力は8だ」

武器を持った衛兵一人の強さが10道力らしい。
ならば武器無しで8道力というのはなかなかの成績では……?


俺がそう言うとルッチ君はやれやれとため息をついた。なんでだ。すごいだろうが。


MAIN
HOME