デレデレ主人公その後


満を持してルッチさんが殺しにくる話。

自家製ソーセージ大食い大会なんて参加しなきゃよかった。
参加費5千ベリー、初戦敗退、路上ゲロ。
穏やかな島だと思っていたが、バイト先である酒場の女将が主催した忘年会はまさに地獄だった。

「来年こそ……来年こそは……」

ヨロヨロと家路につく。
アルコールと5千ベリーを失ったショックで震える手を抑えつつなんとか鍵を開け、家に滑り込む。

着替えたら速攻で寝よう……。

明日から、旅行に行くつもりなのだ。
行き先はあの温泉リゾート、セカン島。
ルッチと泊ったあんな高級ホテルは無理だが、それでもちょっと奮発した宿で温泉に浸かりながら贅沢に正月を迎えるつもりだ。

この間そのことをクザンさんに伝えると、何故か必死に止められたが俺の決意は固い。
あの島には楽しい思い出がたくさんある。
だから1人で過ごす正月もあの島ならきっと楽しいはずだ。

そう思って居室の扉を開けると真っ暗な部屋の中央に、男が立っていた。

「!?」

びびった。本当にびっくりすると声が出ないんだなって思った。
よくよく目を凝らすとその男はお化けでも強盗でもなかった。

「ルッチ……」

ロブ・ルッチだった。

慌てて居室の明かりをつけると懐かしい顔がはっきり見えた。癖のある長い黒髪、変な眉、変な髭、肩のハットリ。
ルッチはぼんやりしているようだった。
顔は俺のほうを向いているけれど視線は俺より少し手前の空間を見ていた。
明かりがついて目が覚めたのか、ハットリがカーテンレールの上に留まる。
その様子を眺めていると男が口を開いた。

「ナマエ」

俺が目覚めた日、なぜ逃げたとルッチは静かに尋ねた。

「殺されるから」

ごちゃごちゃとした感情をすべて捨てて俺はシンプルに言った。
瞬間、ルッチが目にも止まらぬ速さで俺の前に移動した。壁に叩きつけられ、間髪入れず胸ぐらを掴まれる。
久しぶりに至近距離で見る男の顔は歪んでいた。眉を寄せ、口の両端を無理矢理上げることで笑みの形を保っている様だった。

「そうだな。殺してやろう」
「うん」

殺していいよと両手を広げて言うと、俺を掴んでいた手がゆっくりと離れる。
ルッチはそのままヨロヨロと後退するとソファーに沈み込んで項垂れてしまった。
孤高で気高い男の姿はどこにもなかった。顔を伏せたきり口も利けないように憔悴した男がいるだけだった。

屈みこんで目を合わせようとするもルッチは俯いたままでその顔は長い髪に隠れてしまう。
俺はとうとう観念することにして、男の肩にそっと手を置き口を開いた。

「あのさ、ルッチさ……だいぶ前からデレデレの効果切れてましたよね」

旅行の最終日、ルッチは正気に戻ったんだと思う。
多分海に沈んだ俺を引き上げたのは本物のロブ・ルッチだ。
どうして助けてくれたのかはよく分からない。案外律儀なところがあるから借りを返すために助けたのかもしれない。

「記憶の延長線かもしれないけど、効果が切れても俺のそばに居てくれたでしょう」

ルッチは俺を殺すわけでもなく、(まぁ結構辛辣だったが)その後も何だかんだ付き合ってくれた。
いつ殺そうか見極めていたのかもしれない。しかし俺は結局今日まで生き延びた。

でもさ、と俺は続けた。

「デレデレの力は同じ相手に二度と通用しない。
つまりこれからもこの関係を続けるには、今後は俺自身の力でルッチを繋ぎとめないといけない。
……でも俺とルッチの生きる世界って、全然違うじゃないですか。俺は平凡な一般市民だ。
だからいつかルッチが俺に飽きる日がくるのが怖かったんです」

正直、俺は彼氏として最低だったと思う。
何時殺されてもおかしくないくらい醜態ばかり晒していた。
酔っ払いに絡まれて惨敗したり、次の日風邪をひいたり、鍋将軍に指銃されそうになったり、爆発から庇ってもらったり。
全く良い所を見せられなかった。
ルッチはどう思っていたんだろうか。正気のまま俺と過ごした日々は、果たして楽しかったんだろうか。

病院で、『俺の存在はCP9であるルッチの立場を邪魔することになる』……なんて言い訳をしたが、答えは明白だ。
俺は、ルッチの心が俺から離れて行くことが一番怖かった。
それなら良い思い出のまま終わりたかった。
だからルッチから逃げた。
つまりさ

「お前を好きになっちゃったんだ」

呆れるよな。デレデレの能力者のくせに、逆に相手に惚れるなんてさ。



ルッチがやっと俺の目を見た。



◇◇◇



ロブ・ルッチは冷酷な殺戮兵器である。

余計な感情など必要ない。そう育てられたし本人もそう考えていた。
だが彼はある日、例え偽りでも愛という感情を理解してしまった。
こいつを殺さなければ。このふざけた感情を消さなければ。
正気に戻るたびそう考えた。
だからあの旅行で完全に正気に戻った時、自分のかわりに沈んだ愚かな男を見て、これで元通りになると思った。

しかしナマエと過ごした馬鹿げた日々がどうしても頭から離れなかった。
たとえ情が冷めても、その時抱いた感情や想いは記憶として男の中に残っていた。
そうして、気づけば男を海底から引き上げていた。

いつでも殺せるのだ。だから今殺す必要は無い。今度殺せばいい。
男は選択の時を引き延ばすことを選んだ。

ナマエの下らない言動を見ては、何故こんな馬鹿に惚れていたのだと無性に腹が立った。
ナマエが男の代わりに殴られ蹴られ、それでも男を大切にしたいと言った時、どうして良いか分からなくなった。
ナマエが男を偽りだと否定するたび、身を引き裂かれる思いがした。

愛を知らなかった憐れな男は、芽生えた想いを摘み取る方法も知らなかった。



◇◇◇



ルッチは俺を殺すことをひとまず保留にしてくれた。
俺たちは向かい合って座り、俺の薄給で買った安酒を飲みながらそれからの事やこれからの事を話した。
一方ハットリはカーテンレールからカーテンを丁寧に外していた。おかげで俺の部屋はオーシャンビューになってしまった。

酒の空き瓶がだいぶ増えてきたころ、俺は一つ気になっていたことを口にした。

「どうして俺がこの島にいるって分かったんです?」
「……そもそもこの島を大将青キジに教えたのは俺だ」

ルッチはグラスを傾けながら平然と答えた。

「もしお前が逃げようとするなら、この島へ連れて行けと言っておいた。
こんな辺鄙な島なら海賊や強盗だって寄り付かねェ。お前みたいな平和ボケした奴にはお似合いの島だろう」

お前が風邪をひいた時、"偶然にも"大将青キジの連絡先が分かったんで伝えておいた、とルッチが言った。
そういえばクザンさんの連絡先、電伝虫くんの近くに置いたままだったな……。

「……お前が俺と恋人になったのは俺が脅したからだ。
だからお前が俺に恋愛感情が無いことは理解していたし、気持ちを押し付けるつもりはなかった。
目の届くところ……故郷の島やこの島にさえいれば、お前が誰と付き合おうが別に構わなかった」

もう姿を見せるつもりは無かった。ただ見守っていようと思った、とルッチが呟いた。
ルッチがなかなか健気なことを言うので俺はちょっと感動してしまった。
じゃあ公園でルッチが言った『次会う時は殺す』って台詞はルッチなりのお別れの言葉だったのか。本気じゃなかったんだな。

「だがもし俺の与り知らない地へ行くなら殺すつもりでいた」

撤回。先ほどの発言は撤回します。

「じ冗談きついです」
「冗談に聞こえたか?大将青キジは定期的に連絡してきただろうが」

こまめに連絡してきたクザンさんのことを思い出す。島から出るなって毎回言うから変だなとは思ってたんだよ。
クザンさんありがとう。おかげ様でナマエはまだ生きています。

「……ん?ちょっと待って。じゃあ今日ルッチが来たのは……」
「この島から出ようとしただろう?だから殺しに来た」

遊びに来た、みたいなノリでサイコパスは答えた。
年末年始の正月旅行するだけだよと言ったが、それが何か?と言う顔をされた。そんなぁ。
……いや待てよ?
もしかして海賊に襲われた時こいつがヒーローの如く颯爽と現れたのは、"与り知らない地"へ行こうとした俺を殺しに来たからだったのか?
やっぱコイツ狂ってるわ!

っていうかこんな島に縛り付ける前に言うことあるじゃん。
ハットリに頭を突かれつつ、俺は引っかかっていたことを言う。

「俺、まだルッチから告白されてないんですが」

俺は愛の告白したんだ。せめて返事くらい欲しい。
ルッチもちゃんと愛してるって言ってみてよと駄々をこねると、奴は虫ケラでも見るような冷たい目で俺を見つめた。

「『ルッチもちゃんと愛してるって言ってみてよ』だと?バカヤロウ。
お前は『お前を好きになっちゃったんだ』って言ったんだ。"なっちゃった"ってどういう意味だ。
人に強請る前にちゃんと愛の告白とやらをしてみたらどうだ?」

一言一句覚えてやがる……。恥ずかしい……。

「あ!ハ、ハットリ!ハットリは俺のこと好きだよな?愛してるよな?」
「ポ?」
「ハットリ、来い。そいつのことは無視しろ」

俺は枝豆をハットリに与え愛を得ようとしたが、ハットリは俺を振ってルッチの元へ飛んで行ってしまう。
ハットリを肩に侍らせた男は意地悪そうにニヤリと笑っていた。

からかってくる男、かわいいハト。
もう見ることはないと思っていた光景が目の前にあった。
俺はそれが嬉しくて落ち着かず、グラスに入った酒を一気に口に含んだ。




「ナマエ」

その声に顔を上げると、グラスを揺らしながら優雅に足を組んで座る男と目が合った。
目の前の男は、愛おしいものを見るような眼で俺を見つめていた。

「俺の恋人になれ」

そうして俺へ人の悪い笑みを向けると、続けてこう言った。

「でなきゃ殺す」

奴がそう言った瞬間、出会った時の記憶が蘇った。
かつて。
かつて俺は、額に青筋を浮かべたこの男に胸ぐらを掴まれ、今と全く同じ告白をされたことがある。
今その男はソファーで寛ぎながら、俺へ向かって意地の悪い笑みを浮かべていた。
……それで、そうだ。確かあの日、俺はこう返したんだ。

「よろこんで」

俺の答えを聞いた目の前の男は、まるで悪戯が成功したかの様に楽し気に笑うと、グラスを置いて立ち上がりゆっくりと俺に歩み寄ってきた。
男は長い指で俺の顎を掬い上げると同時に、もう片方の手で俺の後頭部を優しく支える。
そのまま吐息がかかるほどの距離まで顔を近づけた男は、目を細めて試すように俺を見つめた。

「さて……お前の架空の宗教はどうしようか」
「たった今、脱会しました」
「よろしい」

満足気にニヤリと笑う男の肩からハトが飛び立った。
その美しい顔が近づいてくる。

だけどもう拒むつもりは無かった。
END


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