夢トリップ主人公04


新天地を目指そうとする話。
※幼いルッチさんの口調や性格は捏造です

季節は秋から冬に近づきつつあったが、湿度の高いこの島はまだ暖かかった。
俺は半そでから覗く腕に刻まれた数字を眺めていた。

"4"

現実世界ではこの数字は俺だけにしか見えないようだった。
まぁ子供の頃から腕に謎の数字が刻まれていたら周囲は心配するだろうから、その点では助かった。

一方こちらの世界では、皆からはこの数字はタトゥーの様に見えるらしい。
一度ルッチ君にその腕のタトゥーって何の意味があるんだ?と聞かれたことがある。俺も何か彫ろうかなとルッチ君が言うので、よく考えてから決めなさいと言っておいた。
絶対腕にタトゥー彫る!と即座に言い返されてしまった。

この数字が0になる時、果たして俺はどうなるのだろうか。
単純にこの世界に来られなくなるだけなのだろうか、それとも本当に死を迎えるのだろうか。

そういえば現実世界には、100万回生きた猫なんて絵本があったっけ。あれって最後どうなったんだろうか。

そんなことを考えていると向こう側から人の気配がした。
茂みから様子を伺うとそれはルッチ君だったので、俺は茂みから抜け出しルッチ君に挨拶した。

ルッチ君は出会った頃よりずいぶん人間らしくなったと思う。
よく笑うようになったし、もっとよく泣くようになった。ハットリとかいうハトも元気そうだ。
出会った時は、弱さは悪だー!みたいな生意気なことを言っていたが最近では、弱いことは必ずしも悪いことじゃないぞ!とか言って俺の肩を叩いてくる。もしかして俺、慰められてる?いやまさかな。

今日もルッチ君は俺の膝枕で寛いでいる。そのふわふわの髪を撫ぜながら、俺は口を開いた。

「あ、そういえば今日この島出るから」

ルッチ君はきょとんとした顔をしていたが、俺がもう一度この島を出るというと起き上がって俺に掴みかかった。

「なんで!飯が足りないのか!?足りないなら持ってきてやる!」
「いや、飯は足りてるよ」
「じゃあなんで……!」
「うーん……」

そろそろこの島にいるのも限界だった。
なんというかあまりにもルッチ君が通い妻をしてくるので、ルッチ君のお友達がルッチ君を尾行するようになったのだ。
この前なんて、ルッチ君を探しに来たらしいお友達とうっかり鉢合わせするところだった。
このままでは芋づる的に俺の存在がバレてしまう。

俺がやんわりそのことを伝えると、自分が原因だと知ったルッチ君はぐっと拳を握って俯いてしまった。

「ルッチ君こっち見てよ。笑顔のルッチ君に見送られたいな」

ルッチ君は黙ったままだ。黙ったまま泣いてしまった。

「またどこかで会えるよ」

サイファーポールとやらは世界を股にかける仕事らしい。
ルッチ君が無事就職出来たら、きっとこの島を抜け出していろんな場所を巡るはずだ。
社交辞令の挨拶だが、もしかしたら本当に、いつかどこかでばったり出会うことがあるかもしれない。
俺がそう言うと、ルッチ君は涙をぬぐい何か決意した顔で俺を見た。

「俺が……」
「うん」
「俺が大きくなったら、迎えに行くから……ちゃんとしたところで、2人でずっと一緒に住めるようにするから……」
「……う、うん」

やっぱり俺ペットだと思われてないか?ハットリ2号だと思われてないか?

俺たちはすぐ近くの浜辺に向かった。前々から密かに船を作っていたのだ。

ルッチ君は餞別だと言って俺に『ルッチとナマエのいえ』と書かれたあのプレートをくれた。
以前誕生日だからこれは俺のだ!とルッチ君が持って帰ろうとしたプレートだ。
話し合いの末、プレートは俺の洞窟の扉に設置されるままとなったが、プレートの所有権はルッチ君が持つことになっていた。

良いのか?と俺が聞くと、ルッチ君は俯きながら消え入りそうな声で言った。

「俺の事、忘れないで」

忘れないよ。
ルッチ君はこの世界で初めてまともに俺と接してくれた人だ。
忘れられるはずがない。

俺はルッチ君に、絶対忘れないよと誓いを立ててプレートを首から下げた。

隠していた船をルッチ君と引きずってなんとか海に浮かべると、海の向こうに船が見えた。
海賊船だ。
海賊に良い思い出はない。いつだったか、海賊船にトリップしてしまってとんでもない目に遭ったのだ。

「……海賊船だな。ルッチ君帰りな」
「ナマエは?」
「俺もどっかに隠れるよ」

しかし俺たちが海賊船を発見したように、海賊達もまた俺とルッチ君を発見したらしい。
ドン!という音と共に船から大砲が飛んできた。

「2人しかいないってのに大砲撃ってくんなよ!」

俺はルッチ君を抱えて横に飛び、なんとか砲弾を避けた。
俺たちの代わりに砲弾を受け止めた地面から砂が巻き上がり、ビシバシと俺とルッチ君に砂や小石の破片が跳ね飛んできた。

「ルッチ君、大丈夫か?」
「う、うん……」

俺は弱い。しかし弱いながらも、もう数十回の死を経験している。皮肉にもこういった修羅場に順応できるようになっていた。
ルッチ君は逆に鍛錬は積んでいるものの、実戦経験がまるでなさそうだった。少年は子供らしい、怯えた顔をしていた。
海賊は次の砲撃の準備をしているようだった。

「大人の人に、海賊が来たって伝えて来い!」
「でも、ナマエは……」
「俺は大丈夫だから早く行け!」
「わ、わかった!」

ルッチ君が背を向け走り出した。島の人達に俺の存在がバレてしまうが仕方ない。
もし島の人たちが来たら、海賊につかまっていた民間人とか言って誤魔化せばいいだろう。

海賊船に向き直り、大砲を睨みつける。
しかし大砲の砲身は俺を向いていなかった。ゆっくりと照準が俺の横にずれていく。
大砲はルッチ君を狙っていた。まずいまずいまずい!

「ルッチ君!!」

俺は全速力で走り、ルッチ君の脇腹を思い切り蹴り飛ばした。
それと同時に体に衝撃が走り、気づくと俺は宙を舞っていた。

ルッチ君が目を見開いて俺の名を呼ぶ姿が、やけにゆっくりと見えた。

だが次の瞬間、地面に叩きつけられた。

「ナマエ……ナマエ!」

ルッチ君がヨロヨロと駆け寄って来た。

「だい、じょぶだか……はやく、にげろ」

俺の脇腹は思い切り抉れていたし、腹や足から骨が突き出してカスタードクリームみたいな脂肪が見えている。
これは助からないだろうな。"鉄塊"とか言う技がんばって覚えればよかったな。
吹っ飛んだ時に、何かがブツッと体の中で切れた音がして、それから痛みがないのがせめてもの幸いだった。

「俺の、せいだ」

ルッチ君は思わず俺に触れようと手を伸ばし、しかし寸前で手を引っ込めた。
早く逃げてほしいのに、もはや彼には海賊たちの咆哮や大砲の音も聞こえていないようだった。

「正義は、正義は強くなくちゃいけないのに……俺が弱いから……」

そんなことない。そう言いたかったがもう俺の体は言う事を聞いてくれない。
項垂れた少年は思い詰めた表情をしていた。笑顔のルッチ君に見送られたいって言ったのにな。

そういえば俺の死体ってどうなるんだろ。消えるのか、残るのか。
出来れば消えてほしい。変なおじさんの死体が残ってたら、ルッチ君の立場が危うくなりそうだ。







ピピピピピ―

現在の時刻、7:00。
スマートフォンのアラームを止める。

そして俺は現実世界での朝を迎えた。


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