デレデレ主人公03


02の数日後。バイト中の出来事。

休憩時間開始と同時にカランコロンと扉の鈴が鳴る音がしたので、らっしゃーせとやる気のない返事をしながら入り口に顔を向けるとロブさんが立っていた。

「えっと……いらっしゃいませ」
「……」
「あの……何名様でしょうか……」
「お前は俺が何名に見える?」

どう見てもお一人様だ。でも俺はマニュアルに従っただけなんだ。
俺が席へ誘導しようとすると、奴は何を思ったか俺の肩を掴んで店外へ引っ張り出そうとしてくる。

「お、お客様!お客様!おやめください……おやめください!お客様!」
「ロブ・ルッチだ」

便宜上お客様って呼んでるだけで、名前くらい知ってるわ!自己紹介すんな!
俺は必死に入り口の木枠を掴み抵抗した。カウンターの向こうでは後輩ちゃんが心配そうにこちらを見ている。

「ロ、ロブさん!今バイト中なので!」
「今は昼休憩だろう」
「そうですけど……」
「表に出ろ」

ロブさんは変な髭が生えた顎をクイと動かした。
表に出ろなんて台詞、生まれて初めて言われた。
このままでは埒があかないと判断した俺は、後輩ちゃんにしばらく外出する旨を伝えた。

「必ず戻るから心配しないで」
「あ、了解です〜」

後輩ちゃんはあっさりと了承した。
急いで休憩室にエプロンを置き、店前で腕組み待機している後方彼氏面の元へ駆け寄る。

「お待たせしました」
「ついて来い」

こうして俺は奴に言われるがまま店を抜け出したのだった。


ロブさんが向かう先は、なんというか俺の帰宅コースだった。
このまましばらく歩けば自宅に着く。まさかまた乗り込んでくる気なんだろうか。
そう思っているとロブさんはピタリと足を止めた。思わず背中に顔面がぶつかるが、ロブさんはびくともしなかった。すごい体幹だ。
鼻をおさえながらあたりを見渡すと、うーん、やはりいつもの帰り道であった。
いや……まて、この場所には強烈な思い出がある……。

「ここ……」
「あぁ。俺とお前が初めて会った場所だ」

わぁ。
なんてロマンチックな表現なんだ。物は言いようである。
だがあの日ここには死体の山が積みあがっていたし、俺はロブさんに殺されかけていたわけで、つまり全然ロマンチックではなかった。
なんなら未だにいくつかの壁に穴が開いている。

「まさか自分にこんな感情があったなんてな」

ロブさんは己の胸に手を当てしみじみと呟いた。
申し訳ないがその感情はデレデレビームのせいである。

そういえばあの死体の山はどうなったんだろうか。閑静な住宅街に死体の山なんぞ普通は大事件になると思うのだが、新聞をチェックしても不気味なことに一切触れられていない。
しばらくそんなことを考えていたが、ロブさんの睨みに気付き慌てて愛想笑いをした。
というかこんなところまで呼び出してどうしたんだろうか。

「お前に会わせたい奴がいる」
「あの、ご両親に会うのはまだ早いかと…」
「バカヤロウ」

俺が渋い顔をすると、奴は俺以上に顔をしかめジロリとこちらを睨んできた。
どうやらご両親と顔合わせするわけではないようだ。よかった。

「向こうで待たせている」

確か、ロブさんが指す方向にはベンチと砂場しかない小さな公園がある。
そこに待ち人がいるらしい。


「……誰もいませんね」

公園には誰もいなかった。
ただ白い鳩が一羽、砂場で砂浴びをしているだけだった。

「そこにいる」

ロブさんが砂場の鳩を指差した。何を言ってるんだ?と思いロブさんを見たが奴は相変わらず真面目な顔をしていた。

「あれは鳩ですよ」
「ハットリだ」
「ポー!」

ハットリと呼ぶ声に反応した鳩が砂浴びをやめ、ロブさんの肩に止まった。わっすごく賢い子だ。

「ロブさんのペットですか?賢いですね」
「ポッポー」
「言葉わかるの?俺はナマエって言います。よろしくね」
「ポ」
「あ、ネクタイしてる。ロブさんとお揃いだ」
「ポ!」

ロブさんと小動物。
想像するだけで不安になる組み合わせだが、案外可愛がっているらしい。
鳩ことハットリは、オシャレなネクタイをしていて、それは俺が持っているどの服より良い生地で仕立ててあった。

「ロブさんと仲良しなんだ?」
「クルッポー!」
「あ、お米は好き?俺んち今お米いっぱいあるから今度あげるよ」
「ボ」
「あ、嫌そう……」

本当に賢い子だ。冗談抜きで完ぺきに人間の言葉を理解している。鳩ってこんなに賢い生き物だっけ?

「どこで出会ったんですか?」
「忘れた。ガキの頃からずっと一緒にいる」

子供の時から!そうか、ロブさんにも子供時代があったのか。いや当たり前か。
鳩は大切に育てれば20年くらい生きることもあると聞いた。ロブさんはよほどハットリを大切にしているのだろう。
俺がゆっくり指を近づけると、ハットリは首を傾げつつ頭を近づけてくれたので人差し指で軽く撫でてやる。
ハットリはナデナデをお気に召したのかロブさんの肩越しにグッと首を近づけてもっと撫でることを要求してきた。

「可愛いねェ……可愛いねェ……」
「……撫でるのが好きなのか?」
「可愛いしフワフワなのでついつい……」

ロブさんは若干気味悪げに俺を見ていた。
フワフワと言われたハットリは誇らしげに胸をムンッとさせてさらに膨らんでいた。可愛いねェ。

「よしよし……あ!」

小さなモフモフを堪能しているとやがてロブさんが無言で身を引いてしまい、ハットリが遠ざかってしまった。

「……以上で面談は終わりだ。合否はハットリが発表する」
「あ、はい。本日はどうもありがとうございました」

知らないうちに俺は面談を受けていたらしい。
なるほど。自分のペットと恋人の相性を見るためにここへ連れてきたわけか。
そういえばロブさんはハットリと俺のやり取りを注意深く観察していた気がする。

ハットリ的に俺はロブさんの彼氏(または彼女)として合格なんだろうか、不合格だったらどうなるんだろうか。やはり殺されるんだろうか。
緊張の面持ちでいると、ハットリはたっぷり間を置いた後ポポー!と鳴いて何やらコクンと頷いた。

「……合格のようだな」
「ポッポー!」

安心した。良かった、殺されずに済む。
だがロブさんは俺以上に安心したのかもしれない。

「ハットリは随分とお前が気に入ったそうだ」

そう言ってハットリを優しく撫でる男は穏やかな微笑を浮かべていた。
そんな顔できるんなら、いつもそうしてくれたらいいのに。


とにかく愛鳥との顔合わせは成功だったようで俺は無事解放された。
ホッとしつつ全速力でバイト先に戻ったが、30分遅れで到着したため当然店長にしこたま怒られた。


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