デレデレ主人公06


05の数日後。

以前、俺は本屋で旅行雑誌をいくつか適当に買った。
3日間無人島生活を除けば、俺はこの島から出たことがない。だから見たこともない島や食べ物の情報は衝撃的だった。すっかり旅行雑誌特有のワクワク感にハマり買い漁った結果、俺の部屋は雑誌で溢れかえる様になってしまった。
いつでも逃げられるよう断捨離してたはずなのに、おかしいなぁ。

今日も今日とてバイト帰りに雑誌を買って帰ると、部屋の中に男がいた。ロブさんだ。室内なんだからシルクハット取れば良いのに。

「ロブさん、来てたんですか」

ちゃぶ台には料理が並べられていた。
鍋敷きがわりに雑誌が使われている。これはちゃぶ台にインクが移ってるだろうな。
1人分の食事しか用意されてないから、お見舞いの時のようにロブさんはさっさと帰るのだろうか。

「ご飯作ってくれたんですね。ありがとうございます」
「……」

俺の声は聞こえていると思うのだが、ロブさんは手を後ろに回した格好で直立不動の姿勢をとったまま黙っていた。

「ロブさん?」
「ナマエ」

ジロリとこちらを一瞥し、ロブさんは床に積み上げていた雑誌を指差した。

「何だこれは」
「雑誌です……」
「見ればわかる」

なら聞くなよ。
ロブさんは、後ろで組んでいた手を手前に持ってきた。左手には雑誌を持っていた。

「ではこれは何だ?」

ロブさんは手に持っていた雑誌を開いた。
ロブさんが開いたページには、温泉を楽しむナイスバディな美女が写っていた。
美女は誘う様な視線でこちらを見ていて、たった一枚のタオルで胸や股をかろうじて隠している。

「こ、これは」
「これは?」
「これは、あの……ほら、旅行雑誌に載ってただけで、別に、俺こんな写真に興味なんてないですし」
「長い時間開いていた癖が残っているし、ページ端に折り目がついているし、丁寧に付箋も貼ってあるのに興味がないのか?」

俺は何となくロブさんの前で正座した。

「ち違うんですよ」
「ほう。何がどう違うか、聞かせてみろ」
「俺はその写真じゃなく隣のページを見てたんですよ!」
「隣?」

昨日まではこの魅力的な写真が見開きじゃなくて心から残念だと思っていたが、今は片面であることに心から感謝している。

「温泉リゾート特集!」
「温泉リゾート特集」

俺が見出しを読み上げると、ロブさんが復唱した後雑誌をチラリと見た。
俺は今しかないと畳みかける。

「はい。温泉が有名な島の特集記事です!」
「お前はシャワー派のはずでは?」
「お、温泉と風呂は全然違いますし……。多分」
「多分?」
「俺、この島から出たことないんで温泉とかよく知らないんですよね」

俺がそう言うとロブさんは無言で何か思案していた。しばらく考え込んでいたが、やがて持っていた雑誌をベッドに放り投げた。

もう大丈夫そうなので、俺は正座を崩し立ち上がった。やれやれ。
だが面倒臭い彼女あるあるを擬人化したような男は、今度は雑誌の山を漁りはじめ、やがて一冊引き抜いた。

「では、こちらは何だ?」

ロブさんが開いたページには、海兵の格好をしたアイドル達が見開きで写っていた。
そう。水に濡れて、水着がスケスケの海兵さん達が、写っていた。
もちろん長い時間開いていた癖が残っているし、ページ端に折り目がついているし、丁寧に付箋も貼ってあった。

俺は何となくロブさんの前で正座した。

「ち違うんですよ」
「両面見開きで?」

ロブさんはうっすら笑みを浮かべていたが目が笑っていなかった。

「み、見出しを読んでください!」

ロブさんは俺に言われるがまま、感情の乗っていない声で見出しを読み上げた。

「マリンフォードで一日元帥」

一日元帥とは有名人などを一日だけ元帥にしちゃう海軍のPRイベントだ。

「これがどうした」
「いや、どうしたっていうかその」
「言い訳もネタ切れか」

その通りです。だが認めると確実に恐ろしい目に合いそうなので俺は何とか言葉を紡ぐ。

「そのほらマリンフォードってクザンさんが働いてるじゃないですか……」

それがどうしたという話である。

「あの……だから……その……えっと……」
「……クザン」
「はい……なので……。あ、この記事の次のページに鼻の下伸ばしてるクザンさんが若干写り込んでるんですよ」
「クザン」
「は、はい」
「クザン」
「……ロ、ロブさん?」

ロブさんは能面のような顔をしていた。正直いつもの般若みたいな顔より怖かった。

「ロブさん?」
「…………」
「あの……」
「……用ができた。帰る」

ロブさんはそう言うと帰っていった。雑誌を持ったまま。

「さよなら水着の写真……」

俺は水着の写真に別れを告げると、ロブさんが作ったご飯を頂いた。美味しい。

だがロブさんが鍋敷きに選んだ雑誌はことごとく美少女アイドルの表紙で、しかも熱でちゃぶ台にくっついてしまったので剥がす過程で表紙はどれもすっかり破れてしまったのだった。


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