◇ distortion


雀が囀る爽やかな早朝。
家の鍵を開けると、不機嫌な顔が出迎えてくれた。

「…おかえり、今日も朝帰りかい。」

いきなり溜め息である。
まぁそれも仕様がないと言えばそうだ。
彼、太宰治と私は恋人関係にあり、同居しているが、私はここ最近、朝帰りが続いている。
仕事が忙しくて、なんてつまらない言い訳はしない。単純に遊び歩いているのだ。

でもそれを、太宰は咎めることはできない筈。
彼が自分を棚に上げず、自分の行動を顧みることができる人間であれば、の話だが。
太宰曰く、美人を見たら心中を申し込むのが礼儀なのだという。
勿論、そんな礼儀は彼に限ったものである。
あぁ、伊太利亜の男もそんな感じだと聞いたことがあった。無論、誘うのは心中ではないだろうが。

「安心してよ、太宰ほどイイ男ではなかったから。」

「当たり前でしょ。解ったら、いい加減落ち着いたらどうだい。」

靴を脱いで玄関に上がると、直ぐに腕を引かれ抱き締められる。

「…なに、寂しかった?」

されるがままでいると、私を抱く腕が強く締まった。

「寂しくないと、本気で思っているの。目覚めた時に隣に君がいないことが、どれほど辛いか。死んでしまいそうなくらいだ。」

「よかったじゃない、死にたいんでしょう。」

「そんな辛い死に方は御免だね。死んでも死にきれなくて、君の所に毎晩化けて出るよ。」

「ふふ、こわぁい。」

甘えるように腕を太宰の首に絡め、抱きつく。
すると太宰は目を細めて、触れるだけの口付けをして離れていった。
追いかけるように、私からまた触れるだけの口付けを落とす。
次には深いものへと変わる。
舌を絡めながら、ふと、閉じていた瞼を上げると、悲しそうな瞳と目が合った。
一瞬胸が締め付けられる感覚がして、咄嗟に唇を離す。

「…そんな顔されたら、今日はもうここまでね。」

「だって、君のこの柔らかな唇を、今夜楽しんだ男が私以外にもいるって考えたら、どうしようもなく苦しくてね。
その男を探し出して、殺してやりたいくらいだ。」

徐々に温度のなくなる太宰の言葉に、表情に、少しの焦りを隠せなかった。
元ポートマフィアの最年少幹部、その肩書きを知っているからこそだった。

「ただ殺すだけでは足りない、それでは褒美になってしまうからね。苦しく辛い死を…」

「そんな物騒なこと言っちゃ駄目よ、武装探偵社さん。」

太宰の頬を手の甲で撫でながら言うと、その手は太宰に捕まった。
手首を舌先でなぞられて、光を失った瞳に見つめられる。

「なまえが不安に思うのも無理ないよね。
仮令、私が武装探偵社員だとしても、幾らだって遣り様はあるもの。
そしてそれを私なら実行することも出来る…そう思うから、焦っているのでしょう。
たった一夜、なまえとの濃密な夜を楽しんだ代償が命か、悪くないよね。」

怪しく微笑む太宰に危うさを感じつつも、目を離すことができなかった。

「嗚呼、なまえ、怯えなくていいよ。
本当に君って人は憎らしい……一夜限りの他人の命を案ずる慈悲があるのなら、その総てを私に捧げてくれればいいのに。」

太宰の親指が私の下唇をなぞる。
ゾクゾクと背中が粟立つこの感覚が堪らない。
屹度、彼が殺したいのは相手の男ではなく、私。
"総てを捧げる"という言葉の真意は、そこに在る。
太宰の殺気にも似た、愛憎が混じり合うこの視線が死ぬほど好きだ。
太宰もそれに気づいている筈。
だから、私達は寝食を共にし、寄り添う。
歪であることは解っているが、それが私たちの関係を保つ、確かな形なのだ。
歪を正そうとするフリをして、その体をとるだけの緩慢さを、互いに赦して交わる。

「素敵な瞳…もっと私を見て。」

「いつだって私はなまえだけを見ているよ。君こそ、私をもっと見ておくれよ。」

言葉こそ情熱的だが、壁に押さえつけられ、首筋に噛み付かれる。
頚動脈まで噛み千切られるのではないかと思う激痛は、到底甘美とは言えない愛情表現だったが、それでいい。
それがいいのだ。

不機嫌顔より、悲しい瞳より、ずっといい。




2019.06.19*ruka


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*confeito*