◇ 螺旋階段


長い

長い

螺旋階段を上って

辿り着くのは天国か地獄か

君の元へ

行けたらいい


< 螺旋階段 >


「おはようございます、芥川さん。」

「あぁ」

廊下で会って並んで歩く。
歩幅が小さいなまえに合わせて、少しゆっくり歩いてやる。
まだ眠そうな顔をしているなまえを見て、また一段、階段を昇る。

一体、どこまで続いているのだろうか。

見上げても
螺旋階段が続くのみで

光で見えないのか
何もないのか
真っ白だ。

見下ろしても
また螺旋階段しか見えず

恐怖からなのか
だいぶ昇ってきたのか

ただ

ただ

真っ暗だ。

「では芥川さん、私は此処で失礼します。また後程、先日の報告書の件で伺いますね。」

「何時頃だ?」

今日の予定は訓練のみ。
特に外出の予定もないが、少しでもなまえの傍にいたくて、つい引き止めてしまった。

「15時過ぎになるかと思います。ご都合、悪いでしょうか?」

「いや、大丈夫だ。」

ホッとしたように微笑み背を向けたなまえ。
僕は手を伸ばし、彼女の肩に手をかけた。

「え…」

驚いて振り向き様のその表情が可愛くて。
でも驚いているのはなまえばかりではない。
僕自身、心底驚いている。

女性の肩に手をかけて呼び止めるなんて、生まれて此の方初めてだ。
考えるより早く、体が動いた。

「…えと、芥川さん?」

不思議そうになまえが見ている。

一瞬、

螺旋階段が歪んだ気がした。

「…いや、何でもない、行け。」

「…」

なまえの肩を離すと2回咳き込んだ。
すると、口に当てられた芥川の手を、今度はなまえが掴んだ。

「なまえ?」

「無花果、お好きでしたよね?」

そう言うと、なまえは芥川の手を引き給湯室へ向かった。
「ちょっと待ってて下さい」と言って、何やら準備を始めたなまえを、芥川は壁に寄りかかり黙って見ていた。

すると急に、準備していたなまえがクルッと芥川の方を向き、無花果を2つ手にして微笑んだ。

「今朝、市場で買ってきたんです。新鮮だし、無花果ジュースでも作ろうと思って。」

そう言うとなまえは手際良く準備を進めた。

そして5分もしないうちに、硝子杯ニつに深い赤色の無花果ジュースが注がれた。

「どうぞ」と渡された硝子杯に視線を落とす。
どこか葡萄酒のようにも見える無花果ジュースを一口、味わうようにゆっくりと飲む。

「…うまい。」

正直な感想が口から溢れた。
直後、ふと視線をなまえに向けると、目の前には嬉しそうな笑顔が広がっていた。

「良かった。あの、乾杯しても良いですか?」

なまえの申し出に無言で頷くと、なまえは控えめに、芥川の持つ硝子杯に自らの硝子杯を合わせた。
そして一口、無花果ジュースを飲むなまえを見て、また無意識に言葉が溢れていた。

「勤務中なのが、悔やまれるな。」

本気でそう思った。
葡萄酒を思わせる無花果色が、ワイングラスを持つなまえの姿を思わせ、嘸かし似合うだろうと。

なまえは動きを止め、ふふっと笑う。

「なんですか?芥川さんには珍しくサボりたい発言ですか?」

芥川の言葉が足りず、真意は伝わっていなかったが、そんな事は如何でも良くて、この微かになまえから流れる穏やかな空気が心地良い。


また螺旋階段の出口が遠く感じた。

抑も、出口などあるのだろうか。
何時から、上り続けているのだろうか。
何時まで、上り続けるのだろうか…

「ご馳走様でした。矢っ張り新鮮な無花果ジュースは美味しいですね。」

軽く息を吐きながら満足気な表情のなまえを見つめ乍ら言った。

「次は僕が馳走してやる。」

目を丸くして僕の姿を捉えている君は今、何を思っているんだろうか。

少し頬が赤くなった。
自惚れていいのか?
でも明らかに困惑の表情。

螺旋階段が下の方で崩れていく音がした。
時機に此処も崩れるのだろう。

「いや、忘れてく…」

「本当ですか…?」

僕の言葉を遮るように問いかけるなまえは、頬の赤みが増して、少し色っぽい。
今度は僕が目を丸くする。
その言葉も行動も全くの予想外。

「真逆、芥川さんからお誘いして頂けるなんて思ってなかったので少し、驚いてしまって…その、夢なのかと」

すみません、と小さく溢し乍ら、赤らんだ頬を自ら抓って笑うなまえ。

下の方で崩れた階段は
戻らぬように、
戻れぬように、
と崩れただけ。

「明日の夜、空けておけ。」

「ふふ・・はい。」

矢張りなまえの笑顔は綺麗で、人は彼女のような人のことを『美人』と呼ぶのだろうと思った。

未だ螺旋階段の出口は見えないが、眩しすぎた光が和らいだ気がした。

君の元へ

行けるといい…




2017.02.23*ruka


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*confeito*