◆ 包帯


「包帯はいいなぁ。」

しゃがみ込み頬に両手をつきながら、ぽそっとなまえが呟いた。

とある組織の制圧を終え、低いコンクリートブロックに腰掛け、解けてしまった腕の包帯を巻き直している太宰を見つめている。

太宰は手を止めずに言った。

「何がいい事あるんだい。こんな包帯、使い捨てだよ。汚くなったら直ぐ。」

なまえは口を大きく開け呆然としている。

太宰の夢の欠片もない返答が彼女にそうさせたのだろう。
なんとも間の抜けた顔である。

「おい、なまえ。また間抜け面になってるぞ。」

中原が帽子に着いた埃を払い乍ら笑った。

「だって、太宰さん、意味解ってないんだもん!」

なまえの間の抜けた顔が、瞬時に呆れ顔に変わる。

「意味?どんな意味か教えてくれ給えよ。」

太宰が意地悪そうに言うと、今度は顔を真っ赤にするなまえ。
まさに百面相。

なまえは気付いていないが、太宰と中原はこの百面相を面白がってやっている。

「はは、なまえはすぐ顔に出るから解りやすいよな。お前…」

「ま、待って、中原さん!その先は言わな・・」

「此奴のこと、好きなんだろ?」

なまえの言葉などは気にせずに、太宰を顎で指し示した中原。
絶対態とだ、となまえは確信し、少し涙目で中原を睨みつける。

然しなまえの目に映ったのは、いつもの揶揄ってくる中原ではなく、どこか切なさを感じさせる表情だった。

「よし、出来た。さて、私は帰らせてもらうよ、ちびっこギャング達。」

ゆっくりと立ち上がりズボンを軽く叩くと、その場から立ち去ろうとする太宰。
なまえと中原の会話は全く気にしていない様子。

「ちょ、太宰さん!ちびっこギャング達ってなん…」

太宰の言葉に反論するなまえの言葉を遮り、中原が太宰の肩を掴み歩みを止めた。
無言で中原を見下ろす太宰。

「…俺と勝負しろ。あとちびっこギャング達てのは取り消せ。」

真剣な表情で中原が言った。
なまえは何?と不思議そうに二人を見上げている。

「疲れるからヤダ。あと取り消しも訂正もしないよ、ちびっこギャング。」

太宰は即答した。
肩を掴んだ侭の中原の手を払い除け、再び帰ろうとする。

「はっ、こんな軽い仕事でへばったか。それとも…勝つ自信がないのか?」

中原が嫌味っぽく言う。
太宰は軽く溜息を吐き「そんな安い挑発にはのらないよ。」と振り向きもせず、片手をひらひらと上げて応えた。

「なら、棄権と看做して俺がもらうぞ、なまえは。」

「は?!」

驚きでまた口を大きく開くなまえ。
太宰はというと気付いていたのか、至って冷静。

「それでいーなら早く帰れよ。」

「…いいわけないだろ。」

顔だけで振り返り、少し怒りの混じった視線を向ける太宰。

緊迫気味の空気の中、パニックになっている者が一人。
大きな口を開けっぱなしの侭、太宰と中原の顔を交互に見る。

「わかったよ、やればいいんだろ、勝負。」

「…やっとわかったか、この石頭。」

大袈裟に、且つ盛大に溜息を吐く太宰。

「え、何、なんで二人が勝負するの?」

「いいからなまえはそこで黙って見とけ。」

「は…は、い。」

何の勝負か、まだ把握しきれていないのか、なまえは不思議そうな表情の侭、取り敢えず丸まっていた背筋を正した。

そんななまえを無言で見つめ乍ら、再び溜息を吐く太宰。
中原は少し声を出して笑った。

それを太宰は鋭く睨みつける。

「なんて面だよ。結局手前もなまえが好きなんじゃねーか。」

「煩いよ、中也。」

太宰は不機嫌絶好調な低い声で言い、そしてまた中原を上から睨みつけた。
中原は気にせず真剣な顔で言った。

「この勝負で勝った方がなまえを手に入れることができる。
負けたら一切の手出しも許されない。いいな。」

「勝てば良いだけだろう。」

「はっ、上等だ!」

二人の会話はなまえには届いていなかったが、穏やかではない雰囲気に心拍数が上がる。
何故二人が勝負しなくてはならないのか、頭の中で整理がつく前に勝負が始まった。





勝負は接戦だった。
先の仕事では息すら上がらなかった二人が、今は肩で息をし血だらけになっている。
中原がその場で仰向けになって倒れ、太宰も片膝をついた。

「中也…起き上がれないのなら、私の勝ちだよ。」

中原は浅い呼吸を繰り返し、小さく舌打ちをした。

「手前だって立ち上がれねーだろーが。」

仰向けのまま、視線だけを太宰に向けて反論すると、視界の端に今にも泣き出しそうななまえの姿を捉えた。

「な、なまえ…泣いてんのか?」

中原は驚いてなんとか上半身だけ起き上がり、なまえに問いかける。
太宰は驚いた様子は無かったが、中原と同じ様になまえに視線を移す。

「ど、、して?なんで二人が、戦わなきゃ、ならな…いの?」

言葉と同時にぽろぽろと涙が零れる。
肩を震わせ乍ら、途切れ途切れだが言葉を紡ぐなまえから目を逸らす中原に対し、太宰はふっと笑って応えた。

「それはね、其処の何処までも愚かで如何仕様もなく莫迦な蛞蝓が、今此の状況を予想できなかったからだよ、なまえ。」

太宰はそう言うと、視線を中原に移しまた鋭く睨みつけた。
中原もまた小さく舌打ちをして、ばつが悪そうに帽子を深く被り直した。

なまえは乱暴に涙を手で拭き取ると、取り敢えず手当てをとハンカチを取り出し、より重症に見えた中原に駆け寄ろうとした

が、何時の間にか立ち上がっていた太宰に腕を掴まれ阻止された。
強く、痛いくらいに掴むものだから、なまえは顔を歪ませ振り解こうとした。しかし太宰は更に力を強めた。

「っ…だ、太宰さん、痛い…」

「勝負は勝負だからね。いいかい、なまえ。今から中也の半径3m以内に近づいてはいけないよ。目を合わせるのも禁止。私のいないところでの会話もね。」

未だ強い力で腕を掴まれ続けているなまえは苦痛の表情を浮かべ聞いていたが、打って変わって太宰は笑顔であった。
然し目は笑っておらず、再び涙目になっているなまえの瞳に恐怖が滲む。

すると掴まれていた腕が今度は急に引っ張られ、太宰の腕の中にすっぽり収められてしまった。なまえはなんとか逃れようと身を捩らせてみたが、男の力に敵うわけもなくビクともしない。
そんな小さな抵抗を嘲笑うかのように、上から冷たい笑顔を向けられる。

太宰はなまえの耳元に顔を近づけ囁いた。

「包帯なんかより、余程良いでしょう?」




2017.02.23*ruka


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*confeito*