◆ 初雪 -太宰の場合-
「太宰さん、珈琲どうぞ。」
コトッと太宰の机に珈琲碗を置いたのはなまえ。
なまえは太宰の部下で、主に事務仕事をしている。
仕事も溜め込まないし、速い。其れを太宰に見込まれて直属の部下になった。
「ありがとうなまえ。そうだ、今日は一緒に帰ろうか。」
正確には、唯単に気に入られただけかもしれない。
「…太宰さんの仕事が全部、定時に終わるのでしたら。」
ニヤリと笑い、机に山積みになっている書類を横目で見るなまえ。かなりの量がある。まず定時には終わらないだろう。
然しそれは自業自得で、期限間際まで溜め込んでいた太宰が悪い。
頭を抱え込む太宰の姿を見て、微笑んだ後、なまえは執務室を後にした。
◆
そして定時。
なまえは自分の仕事をきっちり終わらせ、帰る支度をしていた。
当然太宰は仕事中だろうと思っていると、もの凄い勢いで扉が開かれる。
其処には息を切らした太宰が立っていた。
「だ、太宰さん…?」
「なまえ!帰ろう!」
さぁ!と言い乍ら、外套の釦を留めていたなまえの手を掴み、足早にポートマフィア本部を出て行った。
「太宰さん、あの、手…痛いです。」
「すまなかったね、大丈夫かい?」
なまえはコクリと頷き、太宰も微笑んだが、突然の出来事でなまえは驚きを隠せなかった。
仕事があんなにあったのに、もう片付けたのだろうか。
何故こんなにも急いで外に連れ出したのだろうか。
なまえは疑問の答えを聞こうと、太宰の顔を見上げた。
「あの、太宰さ…」
「良かった、間に合ったようだ。」
「え?」
空を見上げている太宰につられるようにして、
なまえも空を見上げた。
するとヒラリヒラリと雪が降ってきた。
初雪だ。
太宰はなまえに初雪を見せたくて急いでいたらしく、空に向けられていた太宰の視線はいつの間にかなまえに向いていた。
嬉しそうに笑うなまえの横顔を、満足そうに眺めている。
「太宰さん、ありがとうございます!初雪、すごく綺麗です。」
「なまえは雪が好きだと言っていたのを思い出してね。喜んでもらえたみたいで良かったよ。」
太宰がニッコリと笑うものだから、なまえも満面の笑みで応えた。
「なまえ…」
名前を呼ぶと直ぐ振り向いたなまえを、すかさず抱き寄せる。
「え、だ、太宰さん…?」
当然なまえは混乱状態。
太宰の腕の中でもがいてみるものの、あまりにも可愛い抵抗の為、逆に太宰を喜ばせる結果となった。
「なまえ、今は私となまえしか居ないし、プライベートなのだから名前で呼んでくれないかな。」
お互いの顔が見える程度の距離を作ってから言う太宰の手は、確りとなまえの腰に回されていて、なまえは逃げる事は出来ない。
そんな状況になまえは赤面しつつも答えた。
「で、ですが、上司は上司なので…」
「では、上司として命じよう。これから二人きりの時は『治』と呼ぶように。」
そう言うと、なまえの額に軽く口付けを落とす。
「太宰さん、それって職権乱用って言うんじゃ…」
なまえは更に顔を赤くしつつも、反抗してみた。
すると太宰は態と、耳に息がかかるくらいの所で囁いた。
「そんなに…嫌かい?」
「ひゃ!いえ、あの、嫌、という、わけ、では…」
頭の中がかなり混乱しているなまえの言葉は途切れ途切れで、あまりに可愛い反応に太宰は笑いを堪えていた。
「なまえが『治』って呼ぶまで離さないよ。」
意地悪く口端を吊り上げる太宰に、なまえは少し考えてから顔を背け乍ら、仕方なさそうに言った。
「…治さん。」
「さんは要らないよ。」
「…治ちゃん。」
「なまえ、私が何て言ったかもう忘れたのかい?」
「…お、治。」
太宰は、渋々名前を呼ぶなまえの顎に手を掛けて、無理矢理目を合わさせる。
「確り目を見乍ら、もう一度呼んでご覧。」
なまえは少し膨れながら再び目の前の上司の名前を呼んだ。
「治っ!」
そう言った次の瞬間、なまえの視界は太宰で埋め尽くされる。
今度は額ではなく、唇に口付けられたのだ。
呆然とするなまえに、満足気な太宰。
約束通り、腰に回していた手を離す。
「…治には敵わないです。」
「あ、敬語も止めてほしいな。」
溜め息交じりのなまえに、間髪入れずに突っ込む。
そして太宰は「特訓だよ」と言って、なまえを家に連れ帰っていった。
初雪の降りしきる中、幸せそうに。
終
2017.03.01*ruka
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*confeito*