◇ 初雪 -中原の場合-
「中原さん、珈琲淹れたので良かったらどうぞ。」
コトッと中原の机に珈琲碗を置いたのはなまえ。
なまえは太宰の直属の部下で、太宰と中原の書類の受け渡し等の役割をしている。
其のついでと言って、こうして偶に珈琲や紅茶を淹れていた。
「あぁ、悪いな、なまえ。」
「其れより、聞いて下さい。また太宰さんに報告書押し付けられました。」
…正確には、太宰の愚痴を零しに訪れていた。
中原は読んでいた書類からなまえに視線を移し、またかという苦笑いを向けた。
「わかった、手伝ってやるから書類持ってこいよ。」
やれやれ、と軽く息を吐き乍ら机をトントンと叩く中原。
なまえの表情が一気に明るくなり、元気良くお礼を述べ、颯爽と書類を取りに自分の仕事場に戻っていった。
◆
両手で書類を抱え、再び中原の執務室へ訪れたなまえ。
「な、中原さん、失礼します、みょうじです…」
「…中々手応えがありそうだなァ、おい。」
顔を引き攣らせつつもなまえの書類を持ってやる中原。そして一先ず自分の机に置いた。
書類の重さから解放されたなまえは、疲労した両手をぷらぷら振り、礼を言い乍ら、実は…と続けた。
◇
当初は此の半分の量だった。然し、書類を持って出て行く際に、運悪く太宰に見つかってしまったのだ。
「ねぇ、なまえちゃん。其れ、何処に持っていく心算だい。」
明らかに面白くなさそうな表情で問うてくる太宰に、なまえは如何誤魔化そうかと思案する。
が、太宰相手に嘘は通用しないと判断し、正直に答えた。
「あ、あの、中原さんが手伝ってくれると仰るので」
「ふーーーーーん。」
「…これから、一緒に」
「其れ、私がなまえちゃんに頼んだ報告書だよね。」
何故かにっこり笑顔の太宰に、なまえは嫌な予感しかしなかった。
背中に嫌な汗が流れ、額には脂汗が浮かぶ。
「じゃ、此れも宜しくねっ」
太宰は自分の机に積んであった書類全部を、なまえの持つ書類へと重ねた。
ドサッという音と共にずしりと重みが増す。
「二人なのだから、当然でしょう。」
表情こそ笑顔のものの、目は笑っておらず、異論は認めないという、無言の圧力を感じなまえは了解する他なかった。
◇
「…と、いう訳なのです。」
「ほんっと、性根が腐ってやがるな、あの青鯖…」
事の成り行きを聞き終わり、舌打ちをする中原。
すみませんと身を縮こめるなまえの頭をぽんと軽く叩く。
「さっさと終わらしちまうぞ。」
「な、中原さぁーん!」
なまえは半泣きで中原に抱き着き、中原の部下にしてくれと懇願するも、そんな事したら太宰に更なる嫌がらせを受けると、尤もな意見で諭され即座に離れた。
そして二人は報告書地獄に取り掛かった。
◆
「おわっ…たー!!」
集中して取り組んだ甲斐あって、なんと定時に全ての報告書を書き上げる事が出来た二人。
「おつかれさん。」
伸びをし乍ら、開放感たっぷりの笑顔のなまえに、中原が労いの言葉を掛けた。
するとなまえの動きが止まった。
「如何した?」
「…いや、"おつかれさん"なんて、初めて言われたので吃驚してしまいました。」
「は?」
太宰は部下に労いの言葉すらないらしい。中原はなまえが不憫でならず、哀れみの表情を向けた。なまえは慣れっこなのか、気にせず続けた。
「本当にありがとうございました。一人ではとても終わるとは思えなかったので助かりました。」
通常であれば、二人だとしても1日で、ましてや定時に終わる量ではなかった。然し、中原の仕事の速さによって可能となったのだった。
最年少幹部の彼の人の陰に隠れてしまっているが、中原もまたできる男である。
なまえは如何お礼をしたら良いかと考えていると、中原が書類を整えながら言った。
「そうだ、なまえ。この後一寸付き合え。」
「喜んでお供させて頂きます!というか、お礼をさせて下さい!」
中原から書類を受け取り、なまえが満面の笑みで答えると中原は頬を少し紅くした。
照れ隠しと許りに、帽子を少し深めに被り直す。
「そんなん良いから、さっさと用意してこい。」
なまえは、はいっ!と元気良く返事をして、完成した書類を抱え自分の机に戻っていった。
◆
「なまえ、行けるか。」
なまえが支度を終え、再び中原の執務室へ向かおうと廊下に出ると、不意に名前を呼ばれた。
見なくても声の主が解ったが、其方に向き名前を呼び返した。
「中原さん。お待たせしました、行けます。」
柔らかく微笑むなまえの返事を確認すると、中原はなまえの手を掴み足早にエントランスへ向かう。
外に出ると、中原はなまえの手を掴んでないもう一方の手で帽子を押さえながら空を見上げた。
「間に合ったみてぇだな。」
「え?間に合ったって、何にですか?」
疑問を口にし乍ら、中原がそうしている様に、なまえも空を見上げてみる。
すると、見計らったかの様に、空から白いものがヒラヒラと降ってきた。
初雪だ。
「雪、綺麗…」
中原はなまえに初雪を見せたくて急いでいたらしく、空に向けられていた中原の視線はいつの間にかなまえに向いていた。
嬉しそうに笑うなまえの横顔を、満足そうに眺めている。
「前に雪が好きだって言ってたろ。初雪、見れて良かったな。」
中原がそう言って優しく笑うものだから、なまえも満面の笑みで返した。
「なまえ…」
名前を呼ぶとすぐ振り向いたなまえを、柔らかく抱き寄せる。
「な、中原さん?」
なまえは驚きはしたものの、抵抗はしなかった。すると抱かれた腕の力が強くなった。
「なまえ、二人の時だけで構わねぇから、下の名前で呼んでくれ。」
強く抱かれていて、表情は確認できないが、肌が触れ合ってる部分から中原の熱を感じ、赤面しているだろうと想像したら、なまえは中原が可愛く思えて仕方なかった。
「中也さん。」
「…中也だ。」
「ふふ、中也。」
なまえが中原の名前を呼ぶと、中原は抱き締めていた手を緩め、なまえの顔を見る。
なまえは穏やかな笑みを浮かべ乍ら、中原を見つめる。
中原はなまえの想像通り赤面していたが、満足そうな表情だった。
「なまえ。」
愛しそうになまえの名を呼び、顔を近づける中原に、はいと答えなまえは目を閉じた。
「ちょっとちょっと、君達。こんなとこでナニしてんの。」
良い所で横槍を入れたのは太宰だった。
何時の間にか二人の真横に立っている。
「ゲッ…太宰!手前、何時から其処に?!」
「何時って、中也が『間に合ったみてぇだな、フッ』てキメてる時からだよ。」
茶化す様に、先程の中原の物真似をし乍ら答える太宰。
そんな太宰の態度への怒りよりも、ほぼ最初から見られていた羞恥心が勝り、中原は益々赤面した。
一方なまえは、一番見られたくない相手に見られてしまい、明日からどんな嫌がらせをされるのだろうと、中原とは真逆に顔を青くさせていた。
初雪の降りしきる中、賑やかな声が響いていた。
終
2017.03.11*ruka
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*confeito*