おまじない


 銀蠍塔にアリババの声が響き渡った。

「アラジン! あぶない!」

 その声が彼の耳に入り、尚且つそれを理解できたのは、事が起こってから数秒経った後だった。
 腕に走る痛みと焼けるような熱さに、彼は持っていた杖を取り落とし、片手でその痛みの根元と思われる場所をギュッと掴んだ。

 苦痛に歪めた顔に、脂汗が浮かぶ。
 目を思いっきりつむり掴む力を強くしたが、痛みは治まるどころか暴れるように腕を駆け巡った。

「大丈夫か!? アラジン!」

 駆け寄ってきたアリババは、彼の顔を見るなり血相を変えた。銀蠍塔の鍛錬所は、打ち身を防ぐために一面芝生で覆われている。
 それが災いしたのか。
 共に鍛錬をしている際、アモンの炎が草に燃え移ってしまった。幸いヤムライハの魔法によってすぐ消えたが、アラジンが腕を火傷することとなった。

 すぐにヤムライハが水魔法で冷やし、そのあと救護室へ運ばれたが、利き腕だったことと炎が高温だったために、アラジンはしばらく杖を握ることができなくなってしまった。

「鍛錬ができなくなった? そんなこと言う前にじっとしておきなさい! まだ痛いんでしょ?」

 そうヤムライハに諭されてしまっては、言い返す言葉もなかった。
 仕方なく救護室のベットへと身体を預けていたが、腕の傷が痛み眠ることはできなかった。

 じわじわと広がる熱は、やがて乗せられた氷をも溶かしてしまうんじゃないかというぐらい熱くなり、叫んでしまいそうになった。
 けれどそんなことをすれば、先ほど謝り倒してもまだ収まらないのか、一時間ごとに様子を見に来るアリババが余計心配してしまう。

 愛しい友人の心配する顔を思い浮かべ、迷惑をかけてはいけないとグッと堪え、眠りにつこうとする。
 そんなとき、扉が数回叩かれる音が静かな部屋に響いた。
 アリババ君かな。そう考えた彼は、痛みなどないというふうに平然を装って

「どうぞ」

 と震える声で言った。
 だがしかし、アリババは先ほど部屋を出て行ったばかりのはずだ。
 忘れ物をしたのだろうか、という予想は外れることとなった。

 失礼しますの声と共に入ってきたのは、氷水を入れた桶を持った、ジャーファルだった。

「おや、アラジン。怪我の具合はどうですか?」

「なんだ……お兄さんか……」

 強張った肩をふうっと撫で下ろす。しかし彼も過保護なことこの上ない。心配をかけないように、ふたたび表情筋に力を入れたが、

「大丈夫なはずないでしょう……私を騙せると思ってるんですか?」

 そんなことは百年早いと、アラジンの柔らかい頬を思いっきり引っ張った。
 赤くなってしまった頬をさせっていると、ジャーファルは持っていた桶をサイドテーブルに置き、中から氷水に浸かった包帯を取り出した。
 それを手早く火傷した患部に巻きつけると、痛みはまだあるもののあの焼けるような熱さはなくなった。

 なにか魔法でも施されているのか、その包帯は温まることなく彼の火傷を癒し続けた。
 だがしかし、奥でじんじんと侵食するような痛みは癒えず、彼は顔を顰める。

「痛むのですか?」

「うん……お兄さんのおかげで少し弱まったけれど、まだ痛いんだ……」

 彼に隠し事はできないと悟ったのか、アラジンは素直に痛いと言った。
 そんな様子を見かねてか、ジャーファルは椅子から立ち上がって、アラジンの腕に巻かれた包帯に触れ

「……いたいのいたいのとんでいけ」

 アラジンの耳に届くか届かないかぐらいの小さな声でつぶやいた。
 その初めて聞く言葉にアラジンは目を丸くした。

「すごいね、お兄さん。なぜだか少し楽になったよ。なぜだい? お兄さんは魔法使いなのかい?」

 心の真ん中が熱を吸い取るようにじわじわと暖かくなり、心地よい柔らかさが全身に広がった。
 それによって火傷が良くなった、というわけでもないのだが、その暖かさに少し頬が緩む。

 その言葉と効果に、彼はジャーファルへと問いただした。その必死な様子に少し困りながら、彼は唇に小さく人差し指を当て、

「いいえ、私は魔法使いではないですよ。これはとある里に伝わるおまじないです」

 とても楽しそうな顔でアラジンにいった。
 おまじない、と言葉を反復する彼に、秘密のおまじないと言って話をし始めた。

「私がまだシンと共に旅をしていたときの話です。とある里で盗賊退治を頼まれましてね。ただ少し、油断していたのでしょうか。相手の剣を受けてしまい、腕が暫く使い物にならない状態になってしまいまして、近くの宿で休憩することになりました。そしたらね、そこの宿のお婆さんがこのおまじないを教えてくれたんです」

 思い出を慈しむように語り、再びアラジンの腕に手を当て、

「いたいのいたいのとんでいけってね。どうです?少し楽になったでしょう?」

 今度ははっきり、ゆっくりと唱えた。
 アラジンはその言葉がとても気に入ったのか、しきりにおまじないを唱えていた。

「うん、なんだかとっても優しい感じがするよ。きっとこれはお兄さんの魔法なんだね。これならすぐにでも魔法の練習ができそうだよ!」

「こらっ! 暫くは安静にしていなさいとヤムライハが言っていたでしょう? そうしないと身体中の水分を蒸発させられちゃいますよ!」

 冗談で言ったつもりではないのだが、そんなヤムライハの様子を思い浮かべ、アラジンは満面の笑みで笑った。

 その顔を見て安心したのか、桶を手に取り立ち上がった。

「暫くすればアリババ君も来るでしょう。くれぐれもはしゃぎすぎないようにね」

 そう言いつけて彼は扉を閉めた。静かになってしまった部屋で、アラジンはアリババにこのおまじないを教えてあげようと、小さく微笑んだ。


本編が殺伐としてしているので、ほのぼのシンドリアを量産したい。
CP要素はないのですが、一応表記しておきます。



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スワンプマンの箱庭