愛執


「君の首を作りたいんだ」
「はあ……それはまた随分と」

 その物騒な言葉に一瞬身構える。しかしそう言った高村先生は、何事もなかったかのように私の首筋を漁っていた。

 先程から首をかすめていく手は骨ばっていて無骨だが、しかしどこか女性のような柔らかな肉付きをしていた。それは多分、生前の彼が彫刻家として生きてきたためであり、その結果一つ一つの作品に強く影響されているのだろう。
 一人の女性への愛を綴った詩集が、高村先生の代表作だ。生前一人の女を愛し続けた結果、智恵子という名の偶像を創り上げ、そして女を女神へと昇華させた。その詩集に、彼は多大な影響を受けているように思える。

「それで、首を作りたいとは、一体どんな猟奇的な遊びですか」
「変な勘違いしないでほしいな? 僕の個人的な趣味でね、人の首が好きなんだ」
「うなじに興奮するタイプの変態ですか。足フェチといい勝負ですね」
「まるで僕が女性の首筋に興奮する、みたいな言い方じゃないか。それもまた一興だけれど、どちらかといえば僕は骨太で組立のしっかりした首のほうが……」

 長々と語りだしそうな雰囲気だったので、肩をすくめて聞きたくないという素振りをした。それを見て察してくれたのか、はたまた呆れられたのか。彼は再び口を閉じた。
 彼が生前著した首についての語りは一度読んだことがある。あれと同等、もしくはそれ以上の嗜好を私に求めないでほしい。聞き役に徹しろと言われるのも嫌だ。

「……うん、やっぱり司書さんの首、作りたいな」
「また、いやに熱のこもった言い方ですね」
「だってこの図書館に女性は君だけだし」

 女性、という言葉を何故か彼は強調する。厭らしい感じはしなかったが、それがやけに耳にこびりついた。
 首筋にそっと触れた手が、つつっと伝って背骨をなぞる。僧帽筋が好きなのか、それともマッサージでもしてくれているのか。力のこもった手が気持ち良い。
 
「とても……細くて、白いね」

 熱のこもった口調でそう言われ、思わずどういう意味なのか聞き返そうと、後ろを振り返ろうとした。その瞬間。
 凝った肩を揉んでいた手が、そのままの力で首へ移動した。気管に指があたり、そのままぎゅっと爪が食い込んだ。彫刻家である高村先生は、巻き込まないようにと普段から深爪寸前まで切っていたはずだ。
 呼吸ができなくなって、喉元の風船が萎むように、喉がかひゅりと鳴った。
 しかし殺されるとは思わなかった。
大切なものを慈しむような手つきで、なぜかどうしようもなく哀しくなって悲鳴をあげようにもあげられなかった。
 
「たかむらせんせ……いっ、くび……」
「ああ、ごめん。綺麗な首だったからつい夢中になっちゃったよ」

 なんとか声を絞り出すと、急に空気が入ってきて咳き込む。
彼の声はとても穏やかで、人の首を締めた人間がなぜそんな声を出せるのかが気になって仕方がなくて、ふと後ろを振り返ってみた。

「うん、本当に綺麗で素敵な首だよ。まるで……」

 私のことなんか見えてないような顔にゾッとした。まるで、とトパアズ色の瞳を細め、再び首をやわやわと触り出す彼は、どこか慈愛に満ちていた。
 先生からはほんのりと檸檬と消毒液の香りがした。それに呆れてしまって、私は肩を竦め身を委ねた。
史実大前提なので、司書は絡んでいますが恋愛関係にはありません。
彼の詩集を読んだのですが、愛に潜むじっとりとした狂気にどうしようもなくなったので。本当はもっと、日常に馴染みすぎた狂気を描きたかったんですが、無理でした。

参考:高/村/光/太/郎 人/の/首
   高/村/光/太/郎 智/恵/子/抄



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スワンプマンの箱庭