冬仲間
「わあ……雪だ!」
いつものサロペットの上から赤い生地にキツネの刺繍が入ったコートを着た新見は、溢れんばかりに積もる銀雪を見て感嘆の声を上げた。
昼下がりの太陽が照らす中庭には、いつもなら居るはずの、室生や中島が首ったけの野良猫や、健康マンこと吉川、正岡達の姿はない。顔が紅潮しているのは、寒さのせいだけではないのだろう。
――そんなうららかな光に酔いしれるのも程々に、新見は一息に雪へダイブした。
ボフンッと舞い上がった雪がきらきら輝くのを、仰向けになってほうっと眺めている。木漏れ日みたいだ、と新見は呟いた。
手元の雪を掴み上げると、積もったばかりの雪は、さらさらと砂のように彼の手から零れ落ちる。
ふいに起き上がってあたりを見渡すと、どうだろうまだ足跡一つついていないこの雪原は。目いっぱいに手を広げ顔を輝かせると、いつもの服にコートを羽織っただけという防寒できているのかいないのか分からない格好のまま、膝下五センチの雪原を駆け回り始める。
走って転んでごんを掲げて雪まみれになって。キャーキャーと叫びながらはしゃぐ新見の後ろからふと、ざくざくという足音が聞こえてきた。
「ちょっと、南吉くん! そんなべべじゃあ風邪を引いてしまうよ。こっちへおいで。防寒着を司書さんから借りてきたから。よく知らないけれど、暖かいらしいよ」
新見の足跡を辿りながらやってきたのは、鼠色のなにやらてかてかしたズボン――所謂スキーウェアだ――を掲げた高村だった。
「ほらとりあえずコートを脱いで、これに足を通してごらん」
「わあ、暖かいねえこれ」
「はい南吉くん、ばんざーい」
「ふふ、くすぐったいよお」
ひとまず新見に防寒をさせ腰を下ろした高村が思いついたのは、雪像という言葉だった。
思い立ったら吉日と言わんばかりに道具を用意し雪をかき集めていると、存分にはしゃぎまわった新見が、ちらりと隠れるようにしてこちらを覗いていた。
「南吉くんも一緒に作るかい」
「……いいの? うん、一緒に作りたい」
ひょこりと顔を出して駆け寄ってくるのが小動物のように見えてしまい、眉を下げて微笑んだ。高村が指示した通り、スコップとバケツを掲げてやってきた新見は、開口一言目に「ごんを作りたい!」と宣言した。
***
がりがりりと音が鳴るたび、高村の手から雪が零れ落ちる。雪の塊が削れていく様を、新見はきらきらとした表情で眺めていた。
「はい、仕上げ終わり。完成だよ」
「わあ、ありがとう光太郎さん! ほらみてごん。ごんのお仲間さんだよ!」
ごんと手を合わせて喜ぶ新見の目の前には、高村と協力して作った――手取り足取り高村が教える形にはなったが――雪像があった。丸いフォルムのそれは、急ごしらえとは思えない出来だ。
新見にしきりに「ありがとう! 光太郎先生!」とお礼を言われて、本人は嬉しそうな顔で応えていた。
「ごん! ごん! かわいいねえ。なんてお名前を付けてあげようかな。ねえ、光太郎さん。なんてお名前がいいと思う?」
「うーん、そうだねえ……。ごんくんに聞いてみたらどうだい」
「だってごん。――ふんふん、ええッごんは駄目だよ。君とかぶってしまうよ」
一人芝居か、はたまた本当に声が聞こえるのか。新見がごんときつねの雪像と話しているのを、高村は微笑ましそうに眺めていた。
「そうだ光太郎さん!」
ぼうっとしているとふと自分の名前が呼ばれ、それと同時に肌寒いと感じていた首元にふわりと暖かい何かが被さった。
「これは……?」
「今日のお礼! ということになってしまったけど、前から準備していたんだ。いつも僕達を守ってくれてありがとうございます」
芝居がかった動きで、ぺこり、とごんと一緒に頭を下げた。
首元を確かめてみると、明るく瑞々しい黄色の手編みのマフラーだった。
「いつも第一会派のみんなは最前線で戦ってくれているでしょう? だからなにかお礼ができないかと思って、秋声さんに教えてもらったんだ。光太郎さんはレモン色!」
「へえ……良くできているね。ありがとう。とても暖かいよ」
同じ仲間から、一生懸命に作ってもらった、いつものお礼とくれば、不快な思いをするはずもなかった。心地よさを感じて握りしめていると、そこら辺りはさすが新見とでも言おうか。体のちょうど二の腕あたりに雪玉がぽんっと飛んできた。
「えへへー!!」
「あっずるいよ南吉くん! ほら、お返しだよ!」
「きゃあ! 逃げようごん!」
日も暮れてきてあたりが赤く染まり始めた中庭に、楽しげな二人の笑い声が響いた。
ここにその他大勢の文豪たちが加わって後に大惨事になるのはまた別の話。