あむぴが人を殺しているところを見てしまった話


 年季の入った調度品、店内を彩る珈琲の香り、古風なフォントで記された喫茶ポアロの文字。

 花も咲かないオフィス街にあるちょっとレトロな――有り体に言えばおじさんばかりの喫茶店のはずが、今は黄色い歓声が飛び交っている。
 この喫茶店の存在と、ポアロを花畑に変えてしまった要因である彼を、クラス中に、更には学校中に広めたのは果たして誰だったか。それはクラスの中心的人物である女子だった気がするし、ちょっと地味な文化系女子だった気もする。どちらにせよ、女というのはイケメンが大好きなのだろう。

 仲のいいグループで集まって、今日も喫茶店の扉をくぐる。帝丹高校の通学路からほどほどに外れたこの場所には、見慣れない制服もちらほら混じっている。もちろん目的はみんな一緒なんでしょ。ファンクラブ古参を自称する私達はちょっと得意気に手を振ると、きらきらと光を振り撒いて、アルバイトの店員が近付いてくる。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「やっほーあむぴ! 五人です〜!」
「ふふ、元気ですねえ。テーブル席へどうぞ?」

 そう言ってリーダーが手をパーにすると、彼は目をきれいな虹にようにして、唇は三日月を描く。
 そう柔らかく微笑まれるともう駄目なのだ。虹と月――ああ、まるで朝と夜のユニゾンのようじゃないか! ところでユニゾンってなんだろう。ノリで言ったよ。
 どぎまぎしながら受け答えをして、案内されたテーブル席につく。これじゃあ憧れのアイドルを目の前にしたファンじゃないか。

 うん。確かに彼はアイドルだよ。女子高校生のみならず、OLさん、近所のマダム、挙句には小学生までも虜にする魅惑の29歳、私立探偵兼喫茶ポアロのアルバイター、みんなのアイドル安室透。
 経歴だけ見れば高校生である私達でも大体お察しのヤバイ人だけど、彼は顔もヤバイのだ。前者は悪い意味。後者はとんでもなくいい意味で。

 金髪とも呼べそうなビスケット色の柔い髪が、歩くたびにきらきら光る。
 大粒のブルーベリーみたいにころんとした瞳も、よく焼けた色の肌――本人曰く地黒らしい――も、そのサーファーのような見た目をとろとろに溶かすぐらい温和さも、全てが計算されつくされている。いうならばお菓子みたいな人なのだ。
 匙加減を間違えることが許されないレシピを、完璧に再現にしたまさに神様のようなイケメンは、嫌味など一つもないぐらい爽やかに笑った。

「ハアー今日もあむぴはイケメンだねえ」
「あはは、そうですかね。ありがとうございます。さて、ご注文をどうぞ?」
「もーとぼけちゃって! ぜったい自分がかっこいいって分かってるでしょ! ラテ一つ!」
「じゃあ私はメロンソーダ」
「あんたおこちゃまねえ。あたしオレンジジュース」
「みんなおこちゃまだってば。あたしはブレンド」
「はいはい! 私アイス!」
「かしこまりました。あとは――」
「半熟ケーキ五つ!」

 あむぴがちょっと得意げに言う。私達が一斉に手を上げてケーキを注文すると、キレイに揃った声にあむぴはくすりと笑って、「注文を繰り返します」と言った。
 こういう個人経営特有の空気が、いかにも常連という感じがして好きだ。それに、想いを寄せる店員さんに注文を覚えてもらってるっていうのもかなり嬉しい。それでついつい頼んでしまうあたり営業がうまいなあなんて思ってしまう。

 私達が五人で気味の悪い笑みを浮かべていると、知らぬ間にあむぴが注文を確認し終えたらしい。あむぴの甘い声を聞き逃してしまって残念な気もするが、多分注文に間違いはないだろうからそのまま手を振って見送る。

「はあ……今日もあむぴがかっこいい……」
「それな。梓ちゃんもめちゃくちゃかわいいし、天国じゃね?」
「天国ポアロ……やばいな……」

 こうやってでろでろに溶けてしまうまでが、最近の一連の流れ。
 カウンターの向こう側で、もうひとりの店員さん梓ちゃんと一緒に仲良く談笑しているのが見える。ここ最近梓ちゃんの口癖が炎上になっているのはそういうところだと思う。
 でも私達にとっては彼らは癒やしの存在なのだ。高校生活で荒んでいく心を抱えて来店するととたんにとろとろに溶けてしまうのだ。なんでだろう。イケメン効果かな。それともマイナスイオンか何かがどばどばでているのだろうか。あり得なくはない。

 半熟ケーキの美味しさに、何度も食べているのに目を丸くして、頭の中で賛美歌が歌い上げられる。皿まで食わんとしているところをあむぴに見られてしまって、「また作ってあげますから……ね?」と微笑まれる。商売上手だ。そんなことを言われたって出てくるのはまた来ますの言葉だぞ。
 ちなみにポアロは料金も良心的だったりする。二杯目はコーヒー半額だったり、店員さんのちょっとしたおまけがあったり。
 そう、ポアロは天国なのだ。
あむぴはかっこいいし、梓ちゃんはかわいいし、マスターの淹れるコーヒーは美味しくて、スパゲッティとサンドイッチの組み合わせが最高で、部活がない日はポアロに寄ってケーキをついつい頼んでしまう。体重が増えていきそうだが、その分部活を頑張るから許してほしい。

「ごちそうさまでした〜!」
「あ〜また太る! だめだあ……でもおいしい……」
「今人が少ないけど、お会計別々でしようか?」
「わっありがとう〜やっさしい!」

 こういう会計って誰がまとめて払うかって結構面倒なんだけど、それを察してくれたのかあむぴが別々にレジを売ってくれる。誰が何を頼んだか言わなくても打つ手が止まらないのは、さすが探偵さんだと思う。探偵は関係ないかもしれないけど。
 あむぴの手のひらに小銭を乗せると、腕の太さの違いや肌の色の違いに少しドキッとしてしまう。お店を出るときにありがとうございましたと微笑まれればもう駄目だ。

「今のヤバくなかった?」
「また来よう、うん」
「今度はあむぴに彼女いるか〜って聞きたいなあ!」
「無理無理、あんたじゃ釣り合わないって」
「べっつにあむぴと付き合いたいなんて言ってないじゃん! ほら、あむぴはアイドルだからさあ」

 なんて淡い恋心をみんなで共有しながら帰路につく。
 私達は、あむぴがみんなのアイドルなのだと信じて疑っていなかった。もちろん私も。



 いつもの仄暗い通学路とは打って変わって、今日の空は暗い色をしていた。黒い雲の間から黒い空が見えて、ため息をつく。もう夏じゃないのか。カナカナと鳴く声が身にしみる。
 心も周りも暗いのは、部活が終わったあと担任に呼ばれたせいだ。お陰で腕時計の短針は、八から少しずれた位置を指している。

 多分家に帰ってもあまり夕食は残っていないだろうし、ご褒美も兼ねてコンビニに寄ろうかな。近場のコンビニとそこまでの近道を頭の中で思い描く。
 ――やめておけばよかったのに。友人が、あんたが使ってる近道、結構ヤバイからやめたほうがいいよって言ってたのに。
 私は裏路地に足を踏み入れてしまった。

 舌の上から出たような声が、裏路地に嫌に響いた。
 視力はいいはずなのに、目の前が真っ赤になって見えづらい。ようやく視界に捉えたそれは、アイドルの皮を被っていた。

「――おや。ここは入っちゃだめだよって、先生に教わらなかったのかな」

 甘い声が壁に反響して、頭に直接入り込んでくるような感覚がした。

 恐ろしくて目をそらしてしまいたかったけど、辺りに漂う異臭がそうさせてくれなかった。
 鼻血を出したときとか、怪我をしたときにしか味わうことのない鉄の香りが、何倍もの塊になって襲ってくる。その臭いの元を見るのが怖くてただただそれを見ていると、それは口を三日月のようにして笑った。

「あむ……ろ、さんですよね……?」
「さあ。どうだと思う?」

 いつものノリの効いたカッターシャツ。いつもの細いスラックス。いつもの汚れ一つないスニーカー。ただひとつ、アスファルトに染みていくどす黒い液体だけが歪で。
 お菓子のように甘ったるくて、匙加減ひとつ間違えていない、神様のような顔でうっとりと笑った。

「今日のことはないしょだよ。分かるよね――」

 青い瞳が目の前にあった。ふと、聖書の中で神様が何人の人を殺したかなんてデータが思い浮かんだ。あれはクラスメイトが面白半分に見せてくれたやつだっけ。本当かは分からないけど。
 神様のような彼に向かって、がむしゃらに頷くと、少し戸惑ったような顔をされたのはなぜだったのだろう。

 その後のことはよく覚えていない。ただ、彼の体に染み付いた女物の香水の匂いが、今でも鼻に絡みついているのが、やけに現実味があった。
 きっと夢だったのだと思う反面、二度と会うものかと心に決めた――。


 さて、ここまでがプロローグである。もし警察にでも出くわしたら、今の内容を一字一句違わず話してやろうと思っている。

 私は今、車に乗せられていた。もちろん、両親の車でもなければ、友人や先生の車でもない。

 下校途中、いつもの曲がり角で友人達と別れた瞬間の出来事だった。
 いきなり握力の強い手に掴まれたと思ったら、ぽんと足が浮き、そのまま狭い車内にゴールイン。頭に逃げろという命令が伝達される前に扉は閉まり、車は発進した。
 手慣れているなあと、ぽやぽやした頭で思う。ちょうど人通りが少ない道だったため、目撃者もいない、監視カメラもない、完璧な誘拐だった。

 キャパオーバーで溢れかえる寸前だった頭は、寒いぐらいに効いた空調に当てられて一周回って冷静になる。
 いかにもな高級感の漂うシート、全く揺れることのない車体。車高の低いそれを滑らかに操る人物は、爽やかでも甘くもない、般若のような顔をしていた。

 先程教えられた、隣に座る人物の名前を噛みしめる。
 私が悪うございました。神様。いやあ夢でしたね。あれは。警察に言いませんので。先日の件は見なかったことにしてあげるので。
 その――白昼堂々誘拐するのはやめてください。降谷さんとやら。
あたまがわるい夢もどき。
みんなのアイドル安室透の影の部分を見てみたい!みせて!(うちわ)と書き殴ったものです。
夢を描くのは初めてなので、あんまり甘くないですご了承ください。



目次へ
スワンプマンの箱庭