共犯
「人を殺してしまった」
深夜の2時、僕は電話をかけた。
醜い口論だった。彼は僕の研究が理解できないというから、僕は自尊心で応戦した。
運が、悪かったのだと思う。
突き出された手によって足を滑らせた彼は、誰もいない裏路地の、ほんの数段の階段から落下した。
たった一人の家族――弟へ投げた悔恨を装った言葉は、ぶちりと切られた。
見限られたのだ。僕は。
きっと僕の声色から、彼には伝わってしまっただろう。
僕は、どうやって自分の罪を覆い隠そうか考えている。自分が善であると信じている。
弟に愛想をつかされた僕は途方に暮れていた。きっと明日の朝刊には、あの高名な科学者が頭を打って死んだと言う文字が踊るだろう。
犯人はあの慈善家ジーキル!
いいや違うんだ。僕はやってない。だって彼が勝手に足を滑らせたのだから。
――ふと、がらがらという音が聞こえた。
誰かが手綱を引くバイクの音だろうか。はたまた、獲物を狩る車の音だろうか。僕はここで捕まって、どこか暗い場所に閉じ込められるのだろうか。
「おい、なまけんぼハリー。なにグズグズしてるんだ」
見上げれば、たった一つの街灯に照らされた、愛しい弟の顔があった。
ほっと顔を緩める。神は僕に死神を選ばせてくれるのだと。
彼に手を引かれてよろよろと立ち上がる。――その瞬間、右頬に強い衝撃を感じた。
もんどりがえって強かに身体を打つ。ぐえっと蛙の鳴き声が聞こえた。
「ほら、のろまなハリー。早くしないと朝が来る」
僕を殴ったはずの彼は、素知らぬ顔で立っている。それどころか、僕にアルミ製のシャベルを手渡してきた。
「そっち。やって」
ぶっきらぼうに言い放った彼は、ゆったりと死体の前に座りこむ。
スコップを握らされた僕は、しばらく狼狽えていた。何をしろと言うのだ。自害でもしろと?
胡乱な瞳に気がついたのか、立ち上がった彼は僕の手からスコップを奪い取った。
「おい。弱気なハリー。みてな」
彼は振り上げた手をそのまま死体に向かって振り下ろした。
当然、握っていたスコップは嫌な音を立てて肉を抉る。
なんてことをしているんだろう、彼は。自分のことを棚の上に放り出して、僕はそんなことを思った。
気がついたら声に出していた。僕の声を聞き止めた彼は、くるりとこちらを振り返った。
「隠すんだろ。世間から。俺たち、共犯者だぜ」
黒いパーカーに黒い液体を染み込ませて、彼はニヤリと笑う。
彼が先程がらがらと鳴らしていたその音源は、キャリーバッグだった。
■
――キャリーバッグを引っ張りながら僕らは歩く。ごとごとと忙しなく揺れるそれに詰まっている中身を、この街の人間はきっと知ることはない。
近くに停めてあった車に乗り込んで、彼はアクセルを踏み込んだ。
どこに行くの、とは聞かなかった。そっと盗み見た彼の顔は、とても真剣だったから。
腕時計の針が五時半を過ぎた頃、僕らの共犯は終わった。
さざなみが鼓膜を揺らす。心は不思議なほど落ち着いていた。静謐な海岸が、僕の中の罪の意識をかき回して溶かして飲み込んでいったから。
朝焼けが水平線の向こうに見える。まるでジャンヌ・ダルクを焼き尽くした炎のようだ。十字架に貼り付けられているのは、僕か、彼か。
きっと明日の朝刊には、いつもどおりつまらない文字が羅列されているだろう。
「な。俺様ちゃんイイやつだろ。真夜中に起こされてやったんだから」
「そうだね。なにかご褒美をあげよう」
「なら、コス○コのアップルパイがいい」
「……あんな凄惨な光景をみたあとでかい」
「ん?……なにそれなんのこと。俺知らない。けちんぼハリー。禿げるよ」
「そうだね。なにかご褒美をあげよう」
「なら、コス○コのアップルパイがいい」
「……あんな凄惨な光景をみたあとでかい」
「ん?……なにそれなんのこと。俺知らない。けちんぼハリー。禿げるよ」