口癖
「ねえねえ花袋。今どんな気分?」
どんな気分、というのは、食堂へ向かおうと廊下を歩いていたところで躓いてしまったことについてだろう。――誰にも見られていないと思ったのに。
いつもの様に親友がぺたりとくっついて、メモ帳を取り出した。狙っているのかいないのか、上目遣いの藤色がやけに大きく見えた。
「おっまえな……それいい加減にやめろよ……」
「それって? 取材のこと?」
「ちげえって。それだよ、それ」
「ああ――そういうこと」
それは藤村の口癖のようなものだ。よく分からないが、その言葉を聞くと決まって気分が悪くなる。藤村に悪意があるわけではない。ただ、なんだか余命宣告でも告げられたような気分になってしまうのだ。
そんなオレの心情を知ってか。はたまた悪戯のつもりなのか。藤村は猫のような目を見開いて、口元を吊り上げた。覗く八重歯が、今にも牙に変わって、噛み付いてきそうだった。
「そっか、花袋は覚えてないんだ」
「なにが――」
ぽろり、とこぼれ出たような呟きの意味が理解できずにいると、なんでもない風に藤村はどこかへ行ってしまった。
それを追いかける気にもなれず、窓辺に寄っかかる。もう夕は落ちており、外は静かだった。
食堂から微かに漏れる騒音が、まるで虫の鳴き声のように聞こえた。
廊下の電気が向こうからぱちり、ぱちりと消えていく。きっと皆食べ始めたのだろう。だんだんとあたりが暗くなっていく。やがて静寂の音だけが耳の奥で響き始めて――なんだか、ふかい海にでも沈んでいくみたいだ。
「どんな気分、ねえ」
その言葉を聞くたびに、なぜか、苦しくなる。