「もし秀一さんが先に死んだら、秀一さんの身体食べたいんですよね」
「……どうした、突然」
お互いが休みではあるも外は雨で特に何の用事もない日だった。机に頬杖を付いた呉羽がにこりと愛嬌のいい笑みを浮かべながらぽつりと呟いた。ソファーに仰向けに転がって本を読んでいた俺はその手を止めて上半身を起こす。瞬間、それを待っていたかのように呉羽が俺と向かい合うように脚の間に座って背中に腕を伸ばした。
「独占欲、なのかなぁ……」
「独占欲?」
「秀一さんのこと、誰にも渡したくないんです。たとえ抜け殻になったとしても」
俺の心音を聞くかのように名前が胸板に耳を寄せて、俺自身も彼女の背に腕を回して頭を撫でてやれば笑いを零す吐息が耳に届く。幸せそうな笑みとは裏腹に、紡がれる言葉は狂気に満ちていた。
「秀一さんの身体を食べたら、全部私の身体の中で栄養になるじゃないですか。私の血肉になって、私が生きてる限りはそこにいてくれる」
「美味くはないと思うぞ、」
「味の問題じゃないですよ。秀一さんを永遠に私だけのものにする。それだけです」
「……成程な」
母国でもいくつか食人で裁かれたものはいる。ただ、そこに愛なんてものは存在しなかった。自身の欲望や興味本位で、それも子どもに手を出したような輩が多い。それに比べれば、彼女の発言はまともなものなのだろうか。
「食べた後は、どうするんだ。バレるのも時間の問題だろう」
「黄泉へ渡るのも二人で渡りたいって思うと自分で死のうかなって思うんですけど、秀一さんのこと食べちゃうと私地獄に落とされるのかなぁ」
「俺だって、同じだろう。何人もの命を奪った」
「それなら、気兼ねなく食べちゃおうかな。二人で黄泉へ渡って、二人で地獄に堕ちる。死んだ後も一緒って、素敵ですよね」
俺の腕の中で、呉羽がクスクスと笑う。彼女は、地獄の果てまでも共にしようというつもりらしい。執着なのか、依存なのか。俺自身彼女を手放すつもりなんて毛頭ないのだから、お互い様ではあるのだろうが。
「先に呉羽が死んだら、呉羽はどうする。待つか?いつ来るかも分からん俺を」
「待ちますよ。何年でも、何十年でも」
「そこまでは、待たせんだろうな」
「お土産話さえ持って来てくれるなら、いくらでも」
例え私が地獄に堕ちなくてよくても、秀一さんと一緒に堕ちます。俺の背に腕を回しながらそうつぶやいた彼女の顔は見えないが、恐らくは笑っているのだろう。それが、当たり前だとでも言うように。
俺は、同じ選択が出来るのだろうか。呉羽の亡骸を食べ、血肉にして自らの命を絶つ。その選択が。
「秀一さんは、同じ選択をしなくていいんですよ」
「食べられることを、望むわけではないのか」
「抜け殻をどうするかは、自由です。黄泉への道を共にして、来世も共にいてくれるだけで十分。でも、私は秀一さんのいない世界を生きるつもりは無いから死を選ぶ。それだけですよ」
いつだっただろうか。名前が、自分の世界の中心は俺だと言っていたのは。生まれも育ちも違う世界の人だからこそ、出る言葉なのかもしれない。俺自身父親こそはいないが母親や弟、妹がいる。もし呉羽が先に死んだとき、俺はどうするだろうか。
「……呉羽がいない世界は、退屈そうだな」
「退屈?」
「あぁ。いつも何かしらに巻き込まれてるだろう」
「否定はしない」
呉羽の額にキスをして、そのまま瞼、頬、唇と順々に唇を落とす。この先、今この瞬間でさえも恋しいと思う日が来るのだろうか。何て事の無い日常を思い出して、思いを寄せる日が来るのか。今腕の中にある温もりに触れられなくなったとき。
(……それは、嫌だな)
この先。何年、何十年と経った先でこの温もりが消えるのは。ただ、呉羽の亡骸に刃を向けるのは、それ以上に恐ろしいことではないだろうか。
「頼むから、呉羽は俺を看取ってくれ」
「えー……私最期に秀一さんの顔を見ながら逝きたい」
「俺も看取られたいんだが」
「私秀一さんが死んだら半狂乱になる自身あります」
「俺が先に逝っても、黄泉の入り口で待っててやるから安心しろ」
呉羽が何かを言うよりも先に、唇を塞ぐ。とりあえず今は、手っ取り早く生きているということを確認するべく、熱を求めて薄く開いていた唇に自身の舌を入れこんだ。
2019.1.5
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