一夜限りのシンデレラ

きっと私はどんなシュウ君も可愛い

 全身に痛みを感じつつ目を覚ませば、私を抱き寄せる彼と視線が交わった。瞬間、目の前の彼がふわりと笑う。が、私としては不満しかないのでキッ、と彼を睨んだ。

「……シュウ君は意地悪だ」
「貴方だって気持ち良かっただろう?」
「う……初めてとか、嘘でしょ、」

 頬を膨らませながら、ふい、と視線を逸らす。結局あの後私は何回抱かれたのか。後ろからだったり私が上になったりでなんだかもうわけが分からないことになったことだけは覚えている。最終的に、多分気絶したのであろう、ということも。
 ぽんぽん、とシュウ君が私を甘やかすように頭を撫でて、私はベッドに突っ伏す。今は恥ずかしさの方が勝っている。

「シャワー浴びるか? さすがにそのままは嫌だろう?」
「入りたい……」
「そのまま待ってろ。配置は変わってないか?」
「ほとんど変わってないけど、私するよ?」

 バサリ、と布が擦れ合う音がしてシュウ君がベッドから出たことに気付く。瞬間、私は顔を上げてシュウ君を見れば彼は下着一枚で。いつの間に履いたんだろう、なんて思いながらそのまま身体を起こそうとすれば、ズキリと全身に痛みが走る。

「あれだけしたんだ、暫くはまともに動けないと思うぞ」
「うっそぉ……なんでシュウ君そんなにピンピンしてるの……」

 ズキズキと痛む身体を至りながら、シーツで身体を隠しつつなんとか起き上がる。この痛みだとお風呂に行くまでの距離が果てしなく長く感じる気がする。そんなことを思いながらヒラヒラと手を振って部屋を後にするシュウ君を見送って、三角座りをして自身の膝に頭を乗せる。小さく息を吐いて、ベッドサイドに畳まれて置かれたパジャマをチラリと見た。昨日は確か雑にベッドの外に置いたから恐らくシュウ君が畳んでくれたのだろう。

(とうとうしちゃったなぁ……)

 別に、後悔があるわけじゃない。ただなんというか、十歳の頃から知っている男の子に食べられるというのは色々と罪悪感が凄いというかなんというか。メアリーさんに結婚報告をするときが心配である。シュウ君の口ぶりからして、メアリーさんも察している気がするけれど。

「……眠いか?」
「…………びっくりした」
「驚いたようには見えないが」

 いつの間に戻って来たのか、シュウ君はベッドに腰掛けていた状態で私の頭を撫でた。こうして見るとすっかりシュウ君は大人だ。子どもの成長は早いなぁ、なんて思ったりもする。

「シュウ君、いつまでこっちにいるの?」
「……怒るなよ」
「それはいつまでいるか聞いてみないとなんとも」
「今日の夜」
「え」
「最終の便で」

 ふい、とシュウ君が私から視線を逸らす。いや待ってそれなんてデジャヴ。前もこんな感じの会話をしたような気がする。前のときは来た翌日の昼前の便で帰っていったからそれに比べればまだ時間はあるけれども。

「だから昨日あんなに激しかったの……」
「いや別に関係ないな」
「わぁ……」

 せめて関係あってほしかった。そんなことを思いつつ、確かにシュウ君はまだ学生だからあんまり長居も出来ないよなぁと少しだけ納得をする。激しかったのは若さ故だろうか。うぅん、若いって凄い。ちゃんと籍を入れたあとの私はシュウ君に触れられることに耐えられるのだろうか。いや多分毎日じゃないだろうけど。
 シュウ君に、立てるか、と問われて眉根を寄せる。果たして立てるのか。

「……ちょっと、あっち向いてて、」
「…………昨日あれだけ見たんだから別に気にしないが」
「私が気にするの!」

 ぐい、とシーツを引き寄せて、ベッドに座るシュウ君に告げる。昨日の夜真っ暗な中で見られるのと今この明るい部屋の中で見られることは結構違う気がする。キッ、とシュウ君を睨めば、彼は肩を竦めながら私に背を向ける。さすがにここは私の言うことを聞いてくれるらしい。
 背を向けたシュウ君をチラリと見たのちに、私はシーツで身体を隠したまま昨日脱がされた服に手を伸ばす。ご丁寧に下着までたたまれていたことは親切心なのだろうけれども少しばかり複雑である。いやその辺に散らばってるのもいかがなものかとは思うけれど。

「……いいよ」

 パジャマを着て呟けば、シュウ君が振り向いて私の身体を引き寄せる。抵抗するつもりのない私はあっさりとシュウ君の腕の中に収まる。そのままされるのは、軽く触れるだけのキスだ。私を抱き締める腕にそっと手を重ねて、私からも仕返して。恋人がいるときの朝というのは随分と久し振りだけれど、こんなにも甘かったかな。甘やかされている、というのだろうか。

「Sis、」
「ん、おいで?」

 甘やかしてくれ、と言わんばかりの声。シュウ君が私をSisと呼ぶときは、甘えたいときだ。そういうときは、シュウ君、と呼んでも咎められない。カッコつけたいときは、シュウ、って呼んだ方が喜ぶみたいだけれど、背伸びしたいという気持ちの表れが私的にとても可愛く思えた。
 膝立ちになって腕を広げれば、シュウ君が私の胸元に顔を埋める。そのまま彼の頭をくしゃくしゃと撫でてあげれば、彼はどこか嬉しそうに私に擦り寄りながらそっと背中に腕を回す。どこか、野良猫が懐いたときみたいなふわふわとした気持ちだ。

「シュウ君はお風呂入る?」
「……一緒には」
「もうちょっと、お互いの身体を見るのに慣れたら……」
「これは、グリーンカードを取るのを頑張らないとな」

 ぎゅう、と、シュウ君が私の身体を抱き締める。問題は私がシュウ君の身体を見慣れることはあるのかということだけれどそこには触れないでおきつつ、シュウ君の額にキスを落とす。私を甘やかしてくれるときもあるけれど、こうやって甘えてくるところもあるのが可愛い。
 一度この状態になった以上、暫くはこのままかな。シュウ君の頭を撫でながらそう思い、私もそっとシュウ君を抱き締める。やっぱり私は、シュウ君に甘い。

  ◇ ◇ ◇

 ざわざわと人の声が行き交う中で、きゅ、とシュウ君の手を握る。あまり来たことがないその場所だということが、寂しいな、という気持ちを増させた。そんな私の気持ちに気付いているのか、シュウ君は私の手を握り返して、私に向けて小さく微笑んだ。

「フライト、八時間ぐらいだっけ」
「そのぐらいだな。向こうに着いたときは現地時間で昼頃か」
「時差ボケしちゃいそうだなぁ」

 行き交う人を眺めながら、離れることを惜しむようにゆっくりと離す。シュウ君がいたのは、たった二日だ。たった二日なのに私の中にシュウ君はこんなにも私に強く刻み込まれている。

(ずるいなぁ、いつも私が見送ってる)

 仕方ないことだとは思いつつ、けれどもそんなことを考える。ちらりとシュウ君を見上げて、ほんの少しだけ涙腺が緩みそうになるのを感じた。私は、何度シュウ君の背を見送っただろうか。

「……シュウ君、」
「どうした?」
「これで、シュウ君見送るの最後?」
「……あぁ、約束しよう」

 シュウ君が私の手を離して、私の前に跪く。その体勢を見るとプロポーズをしてきたときのことを思い出して、少しだけ緊張する。同時に、周りもチラチラとこちらを見ていてまるで今からプロポーズをするのかと期待しているように見えた。

「いつも俺は、貴方に見送らせてばかりだ」
「……そう、だね?」
「だが、約束しよう。何度君に背中を見せても、俺は貴方を迎えに行く。この先何年、何十年障害を共にするが、必ず貴方の元に戻って来ることを」

 柔らかく笑みを浮かべながら、シュウ君が私に告げる。そんなセリフ、まるでプロポーズじゃないか。昨日もされたというのに、また別の言葉で気持ちを告げられて涙が零れ落ちそうになる。
 シュウ君はそっと私の左手の薬指を取って、そのまま嵌められている指輪に口付けを落とした。さながら、童話の王子様のようなその姿に、私の心臓は年甲斐もなくときめいてしまう。

「……待ってる」

 跪くシュウ君に一歩近付いて、私を見上げる額にキスを落とす。それは、誰の目から見ても彼を了承する意だ。私がシュウ君の額から唇を離せば、どちらからともなく笑みを浮かべて笑い合う。あぁ、こういうことを幸せというんだろうか。

「迎えに来なかったら、アメリカまで追いかけちゃうかも」
「それはそれで見てみたいな」
「それか、浮気しちゃうかもね」
「おっと、それは困るな」

 ス、とシュウ君が立ち上がって、私の瞼にキスを落とす。国際線ターミナルなんて恋人同士で別れを惜しむような人たちがゴロゴロしているから、多少の戯れなんて可愛いものだ。私もそっとシュウ君の背に腕を回して、その唇に口付ける。もう、シュウ君は行く時間だ。

「……二年以内には、迎えに来る」
「今度はちゃんと連絡してほしいなぁ」
「勿論。迎えに来て、そのまま連れていくつもりだからな」
「おぉ、珍しく計画的」

 今回も前回も連絡無しで来たというのに。といっても、今回は誕生日だから来るだろうなぁとは思っていたのだけれど。
 少しわざとらしくシュウ君に言えば、さすがに悪いと思ったのか私から視線を逸しつつ小さく謝罪を述べた。私が本気で怒っていないことは彼も分かってはいるから、そんなシュウ君の姿を見て私は笑うだけなのだけれど。

「……もう二年、待ってる」
「あぁ」

 もう一度シュウ君が私の左手を取って、薬指に口付けた。まるで、誓いのようだ。必ず帰ると、誰にでもない私に誓っている。
 三度目の見送り。ゆっくりとシュウ君の手が私から離れて、私に背を見せる。最初に見送ったのは、私の家の前。まだ十歳だったシュウ君は私よりも小さな身体で、少しだけ寂しそうに駆けていった。二度目の見送りも、私の家の前。空港まで来られたら離れがたくなる、と言ったシュウ君の希望だった。プロムの間だけでも名前で呼んでくれ、と言われてその間だけはずっとシュウと呼んでいたっけ。その頃には私の身長なんて追い抜いてて、大きくなったと思った。けれど、今見送る背中はさらに大きくなっていて。

(……待ってるよ、)

 二年後まで。泣きそうになるのをぐっとこらえながら、思う。保安上を通る直前に振り返ったシュウ君はもう、大人の顔だった。



  ◇ ◇ ◇



 家の、呼び鈴が鳴る。時計を見れば前もって知らされていた時間通りで、そういうところはさすがだな、なんて思いながらクスリと笑みを浮かべた。同時に、くい、と服を引っ張られて緑色の瞳が私を見上げていた。

「おきゃくさん?」
「お客さんじゃなくて、パパだよ」
「ぱぱ?」
「そう。今日は、パパが帰ってくる日」

 きょとん、と私を見上げる我が子を抱えて、玄関に向けて歩く。そう、パパが帰ってきたの。そう我が子に告げれば、緑の双眼を輝かせて、玄関の方を見た。会いたくてたまらない、というような態度に私自身嬉しくなりながら我が子を抱き上げ、そう広くはない家の中を歩いけば玄関へと辿り着き扉の鍵を開ける。同時に、我が子を下ろして、扉に手を掛けた。

「開けたらね、ぱぱ、って、出迎えよう?」
「ぱぱ? ぱぱいる?」
「外にね。ほら、開けるよ?」

 扉を開ければ、そこにいるのは私の予想をしていた人で。同時に、私よりも先に小さな我が子が飛び出した。

「ぱぱ!」

 目を見開いたのは、パパ。基、シュウ君。脚にしがみつくその存在に目を見開いて、硬直したまま私を見て、もう一度子どもを見て。驚く彼を見ながら私は笑みを浮かべて、口を開いた。

「――おかえりなさい」

2020.06.29
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