臆病者の恋


(フーパは、戒めから解き放たれたのね……)

恐らくは、破壊されてしまったデセルシティの復興にも自ら手伝っているのだろう。空の上から、徐々に元に戻りつつあるデセルシティを眺めながら思う。もう2度と、街を破壊するようなことにはならないだろうけれどフーパには釘を指しておいた方がいいだろうか。

「……おいで」

私の足にしがみついて連れていけ、というようにパチパチと電気を発する彼らを自身の肩へと乗せる。別に戦うことになることもないだろう。連れていくのは、彼ら2人だけでいい。
私は、デセルシティへと降り立った。

+ + +

(思っていたより、復興が進んでるわね……)

私が思っていた以上に、フーパは人間といい関係を築けているようだ。100年前みたいには、ならないといいのだけれど。
今回の事件の一連の動きを見ていたわけではないから、今現在フーパが戒めから解き放たれたことは分かっていても人間とどのような関係なのかは分からない。いい関係は、築けていそうだけれど。

「お出ましー!」

フーパの気配を探りながら歩いていると、聞こえてきた声。それは、確かにフーパのものだ。フーパのリングから出されたのはピカチュウ。イタズラが好きなことは、健在らしい。
私の肩からバチュッ、という鳴き声がしたかと思うと、肩にいた2人は勢いよく走り出して現れたピカチュウの頬へと張り付いた。

「バチュル?一体どこから……」
「すみません、電気タイプのコを見ると見境無くて…」

フーパと一緒にいた少女に、声をかける。ピカチュウの前にしゃがんで、バチュルを呼べば素直に私の手へと帰ってきた。
フーパは、私が気になるようで私の周りをくるくると回っている。なんとなく、人ではないことに気付いてはいるようだ。

「私は名前。伝説のポケモンに纏わる場所を旅しているの」

私を観察するように見ているフーパを放って、少女に話しかける。どうやらフーパの話を聞いて来てくれた、と思ったらしくこちらにとっては都合がいいのでそのままにしておく。

「名前、人?ポケモン?」
「え?フーパ、何言ってるの?」

人と何かが違うことには、気付いているらしい。私を見ながらフーパは首を傾げるような素振りをしながら私を見る。出来れば知られたくは無かったけれど、この人になら大丈夫だろうか。首にぶら下げられているソレを見て口角を上げる。

「私は、どちらかと言えば君に近い存在かな」
「フーパと?名前、フーパ、同じ?」
「同じではないけれど、ね」

苦笑いを浮かべながらフーパに手を伸ばせば、大人しく私の腕に抱かれる。敵だと思われていないことに安堵しながら、女の子を見れば私とフーパを見比べていた。

「大丈夫。変なことはしないから」

我ながら怪しいとは思うけれど、と思いつつフーパを開放する。客人か、という低めの声が聞こえて、そちらを振り向く。そこにいたのは赤いターバンとマントをした男の人。恐らくは、復興作業をしていたのだろう。

「っ、あ………」

昔。フーパが暴れたときに男の人に私の力を授けたことがある。その男の人に、彼が、似ていた。胸元には、私の本来の姿をモチーフにした首飾りがあって。

(彼の、曾孫…だったかな)

随分と小さかった彼も、もうこんな年になるのか。随分と昔に一度会っただけなのだけれど、彼はもう覚えてはいないのだろう。何せ、あの頃のこの青年はまだ小さな子どもだった。
大きくなった彼は、もうこの世の者ではなくなってしまった彼を思い出す。私が人ではないからこそ、彼に力を与えることが出来たけれど。年の取り方が違う私と彼では、それ以上のことは望めなかった。

「名前……?」

彼の口から紡がれた名前に、私は目を見開いた。

 + + +

「まさか、覚えてくれてるとは思わなかったな」

私の言葉に、彼はそこまで変わってなければ気付くさ、と言われた。フーパと彼の妹であるメアリは、知り合いである素振りを見せた私達に気を使ってくれたのか席を外した。

「君は、何も変わらないな」
「もしかして、あの人に聞いたの?」
「名前が何者なのかは、教えてくれなかった。また会えるはずだ、と言っていただけだったな」

あの人は、何も教えなかったのか。バルザが、私の髪に触れる。私の長い髪を、梳くように。人では無い証のように、金髪から毛先にかけて白くなる長い髪。例えショートにしたところで、毛先が白くなってしまうのは変わらないのだけれど。

「随分と信頼されてるなぁ…」
「自慢気に、言ってたよ。昔、名前がいたから救われたって」
「そんな大げさな…。少し、力を貸しただけだよ」

こうやってね。そう言って、バルザが首からかけているソレを手にとって口付ける。刹那、それは光を放ちながら私の手の中でカタカタと揺れる。
バルザが、息を飲むのが分かった。私が小さく息を吐きながらそっとそれを離せば、それは光を放つのを止める。意思を、持つようだった。

「っ、まさか…」
「内緒だよ?」

人差し指を口元に当てて笑みを浮かべれば、彼は小さく返事をした。フーパは薄々気付いているみたいだけれど、と言えば、苦笑いを浮かべる。私からすればまだまだ子どもだけれど、フーパだって一応は伝説と言われるポケモンだ。まぁ、相当の年月を生きている私からすればほとんどの生き物が子どもなのだけれど。

(あの小さかった子どもが、もうこんな年なのね)

彼に初めてあったことが、昨日のことのようだ。人間が年を取るのは、本当に早い。悲しいぐらいに、すぐに、いなくなってしまう。

 + + +

「メアリ、お疲れ様」
「あ、名前!兄様なら向こうで作業してるわよ」
「や、別にバルザに会いに来たってわけでもないんだけど…」

どっちかって言うとフーパにお土産?と言いながら持っていた箱を差し出す。ちょっとばかし別の街にぶらり旅をしてきて買ってきたドーナツだ。こっちの方ではあまり見ない変わった味があったから、と思って買ってきた。勿論、メアリとバルザの分もあるのだけれど。
メアリは何を勘違いしたのか私とバルザがそういう仲だと思っているらしい。いや、そういう仲にしたいのかな…。多分。恋仲でないことは知っている筈だ。

「名前、来てたのか」
「こっち戻ってきてたから、お土産持ってきたの」

フーパのとは別にバルザとメアリの分もあるよ、とメアリに渡した箱を指差す。ふわり、とフーパがどこからともなく現れて嬉しそうにドーナツを手に取る。フーパがはしゃいでドーナツを食べる姿と、そんなフーパに笑いながらドーナツを差し出すメアリの姿に、つい笑みを浮かべる。

「バルザ?」

突然くしゃりと私の頭を撫でた彼に、首を傾げながら見上げる。彼は少し笑みを浮かべて私を見ながら、こういうのもいいと思っていただけだ、と小さく言った。確かに、平和なのはいいことだ。私はどうしても立場的に人に深く干渉が出来ない。
そのとき。

「っ!」

強い風が吹いた。一瞬浮くんじゃないかっていうぐらいに、強い風だった。咄嗟にバルザに支えられて、私もしがみつくように彼の腕を握る。

「大丈夫か?」
「う、ん…。ありがとう」

多分、私以外の人からすれば、ただの強い風。でも。

(この感じ…アイツか)

一瞬目を細めて、恐らくはアイツが現れたであろう場所を見る。今のところ姿が見えない辺り、私と同じようにきっと人の姿になっているのだろう。そもそも伝説と言われる私たちは人の姿である方が何かと都合がいい。
バルザに、ちょっと私用事あったの思い出したから、と言って掴んでいた腕を話して彼らの元を早足で去る。彼らを、巻き込んではいけない。コレは、私の問題だ。

彼らの視界から私が消えてから、私は走るスピードを上げる。いくら本来は4足歩行といえ、伊達に何千年も生きていない。2足歩行ぐらい、朝飯前だ。やけに静かな一体に着いて、脚を止める。その中心にニヤリと怪しく口角を上げて立つ男を見た。

「人間にうつつを抜かしているとは聞いていたが、本当だったんだな」
「……何の用?」

銀色に、濃紺のメッシュが入った髪をした、男。海の神と言われる彼は、何を思ってそこに立っているのだろうか。

 + + +

「で?私を連れ戻したいわけ?」
「俺らと人間は、そもそも干渉したらいけないのは、わかってるだろ」
「別に、関係ないでしょう。それとも何?あの騒動の途中で強制退場させられたのが気に食わなくて戻ってきたとか?」

挑発するように彼に言えば、彼は私の胸ぐらを掴んだ。たとえバトルをしても、どちらが勝つかなんて目に見えているというのに。
そんなに、あの男がいいのかよ。そう言った彼の目は、怒りに満ちていた。大切なモノに裏切られたような、そんな顔だ。

「手は、出さないわ。それは約束する」
「最後に泣くのは、お前なんだぞ…!?」
「分かってるわよ。時間の流れが、違いすぎる」

それでも、傍にいたいと思うのは自由でしょう?そういえば、彼は私を睨みつけながらその手を離した。何かを言いたそうに口を開いたけれど、それは言葉にならなかった。

「………アイツに惹かれてるっていう自覚は、あるのか」

暫く沈黙が続いた後に、彼から放たれた言葉。再確認させるようなその言葉に、私は肯定の言葉を述べる。ここ暫く近くにいて、分かった。私は、徐々に彼に惹かれている。それは、あの人に似ているからじゃない。
刹那、私の肩にいたバチュルの1人が肩から飛び降りる。そのまま私が通ってきた道を戻っていってしまった。多分あのコのことだからふらっと帰ってくるだろうし、何かあって私がこの地を離れなければいけなくなった場合は気配を探ればすぐに見つけられる。

「人間が生きる時間は、俺らよりずっと短い。それでも、良いのか?」
「私からしたら、人もポケモンも大差ないわ。どちらも、私からすればずっと短い」

遥か昔から生き続ける私からしたら、どっちも同じようなものだ。私とずっと共にいられると思えるのは、目の前にいるルギアのような伝説と言われる彼らぐらいだろう。彼らでさえも、私よりも長く生きてくれるという保証は全く無いけれど。
沈黙が私たちを包む中、足音が聞こえた。それは、ひとつは確かに人のものだ。そしてもうひとつ。足音と言っていいのか悩むところな、跳ねるような音。目の前に立つ男にも、その足音は聞こえたのだろう。彼はスッ、と腕を上げようとした。

「もし、彼ら危害を加えるというのなら…。私は、貴方に本気で対抗するわ」

ここ数年バトルというものはほぼしていないに等しいけれども、彼だってそれは同じ。なら、負けるつもりは無い。風が吹き荒れる中彼を睨めば、彼は舌打ちをしながらその手を降ろす。
びょいん、と跳ねるようにしてバチュルが私の肩に乗る。それと同時に腕を引かれて、後ろに倒れるように引き寄せられる。バランスを崩した私を支えるように引き寄せたのはバルザで、彼を見上げればルギアを睨んでいた。

「…その手、絶対に離すなよ」

ルギアも同じようにバルザを睨みながら、その言葉を言った。言われなくても、離すつもりは無い。バルザのその言葉を聞いたルギアは、何度目か分からない舌打ちをする。そして光を放ちながら元の姿へと戻って、空へと飛び立った。

「バルザ、どうして……」
「…様子が、変だったからな」

ルギアが見えなくなってしまった後に、バルザに尋ねる。私が少し距離を取ろうと離れることを試みたけれど、彼は腰に置いた手を離すつもりはなくやんわりと阻止された。むしろ、と言うように彼に引き寄せられて、私は腕の中に閉じ込められる。どうしていいか分からずに身じろげば、私の腰と背に回された腕の力が強まって、動くことが出来なくなった。どうしていいか分からずに、ぎゅ、と彼の服を握りしめた。

 + + +

「兄様と、何かあった?」
「え……」

夜。人が寝入って静まり返った頃、メアリが外にいた私の前に現れた。口元に弧を描く彼女は、恐らく自身の兄を見て私の所に来たのだろう。

「何かあった、ってほどでもないよ?」
「でも、小さいことだけど何かあったのよね?」
「あー…」

女の勘、というやつなのだろうか。なかなかにメアリはこういうことに鋭い気がする。小さなころからずっと一緒だった兄の、些細な変化を見逃さないのはすごいことだろう。
少し、ハグされただけだよ。そう彼女に告げれば、兄様の意気地なし、と小さく呟いていたけれど聞かなかったことにしておこう。

「もっと何かしたかと思ったのに…」

不満げに言う彼女を見て、苦笑いを浮かべる。私とバルザはそんなんじゃないよ、とだけ言えばさらに不満そうに姉様って呼びたいと言われてしまった。選ぶ権利は、どちらかというと向こうにありそうなのだけれど。

(そんなんじゃない、か……)

恋仲になれれば、どれだけ幸せだろうか。けれど、私と彼ではそれは叶わない。なっては、いけないんだ。何万年と生きてきて、人に化けて殆ど老いることのない私では、バルザに、ツラい思いをさせることになる。

「メアリ、こんなところにいたのか」
「兄様」

突然フーパのリングから現れたバルザ。一瞬私の肩が揺れたけれど、それは誰にも気づかれなかったようで小さく安堵の息を吐く。
時間が時間だからメアリは部屋に戻るように促され、最後に私に手を振ってリングを潜り抜けて部屋へと戻っていった。そのままバルザも戻るのだろう、と思っていたけれど、バルザはリングを通ることなく消える。

「戻らない、の…?」
「話が、したくてな」

どさり、とバルザが私の隣に腰を下ろした。沈黙が重苦しくて、けれど私から何かを言うのは悪い気がして。ちらり、とバルザを見れば、彼と視線が交わる。

「……もうすぐ、デセルタワーの修理が終わる」
「フーパ、頑張ってたもんね」

自分で壊したものだから、と思ってなのだろうか。メアリにご褒美のドーナツを貰いつつ、修理に貢献してきた。そのせいか、修理は予定よりも早く進みもうすでにほとんど形になっている。
ふいに、バルザの手が私の髪に触れた。

「デセルタワーの修理が終わったら、アルケーの谷に戻る」
「メアリと、フーパと一緒に?」
「あぁ。もし、良ければ…一緒に、来てくれないか」

真っ直ぐと、私を見ながら彼が言った。彼は、私の正体を知っているというのに。それでも、いいと言うのだろうか。近くにいてもいいと、思っても。
驚いて何も言えない私を見て、バルザは少しだけ口角を上げる。そのまま立ち上がって、私の頭をくしゃりと撫でながら返事は急がなくていい、とだけ言って踵を返す。
とっさに、私は彼の服を掴んだ。

「私、人じゃない…。それでも、いいの?」
「人だとか、ポケモンだとか…そんなことは関係ない」

私の前に、視線を合わせるようにバルザが跪く。恐る恐ると尋ねた私の頬に両手を添えて、目を合わされる。

「傍に、いてくれないか。ずっと…俺の、傍に」

どうして、生き物というのは年を重ねるごとにこんなにも臆病になるのだろうか。手は出さないと、近くにいられるだけでいいと思っていたのに。それが、正しいことなのだと。彼の、為なのだと。
彼に少し言われただけで、私の決心はこんなにも簡単に揺らぐ。その手を、取ってしまいたいと思ってしまう。

「私は…たとえ人の姿になれても年を取らない。生きる時間が、違う」
「構わない。それでも、傍にいて欲しいんだ」

腕を引かれて、抱きしめられる。我慢していたものが溢れるかのように、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。決めて、いたのに。絶対に、この手を取らないと。一度人の温もりを知ってしまったら、戻れないと思っていたのに。

「傍に、いさせて……」

小さく呟いた言葉を受け止めるように、どちらからともなくキスをした。

2015.07.30