バカじゃないの、と何度も言った夜

 
パンッ、と私が秀一を叩く音がした。秀一が生きていて嬉しいのに、どうしても騙されていた、ということしか思えなくて力任せに叩いた。秀一は叩かれることは覚悟していたのか、あまり驚いた様子は無く私を見る。

「名前、」
「何で、黙ってたのよ…。わざわざ変装して、私に、近付いてっ…」

沖矢昴が秀一だったなんて、誰が想像しただろうか。確かに、沖矢さんの傍は落ち着くと思った。秀一の傍にいるときみたいだと、思った。秀一が好きなのに、沖矢さんに惹かれていく自分に、嫌気が刺したこともあった。

「すまない、」
「ずるいっ…。私が、ずっと悩んでたことを知って、楽しんだの…?」

沖矢さんには、秀一のことが好きだからと言って恋人になってほしいという申し出を断った。沖矢さんにも惹かれてはいるけど、まだ秀一のことが忘れられないから、と。
自分の意思では止めることが出来なくなった涙が、ポロポロと頬を伝う。ソレを見るなり、秀一が私を引き寄せて抱きしめる。そういえば、この人は泣き顔に弱かった。

「離して、よっ…。私、まだ許してないんだから…!」
「許さなくて、いい」

ぎゅっ、と秀一の身体を引き離そうとする私とは裏腹に秀一が私を抱きしめる。押さえつけるように抱きしめられて、身動きが出来なくなって。私は、秀一の服を握りしめる。
子どもをあやすように背中を優しく叩かれて。止めようと思うのに余計に涙が溢れた。

「許さなくていいから、恨んでいいから…傍に、いてくれ」
「っ……バカ、じゃないのっ…。少しぐらい、教えてくれててもいいじゃない…!」
「巻き込みたく、なかったんだ」

俺は、お前を失ったら生きていけそうにないからな。
そんな口説き文句を言われて、バカじゃないの、と泣きじゃくりながら言う。私だって、FBIだ。それこそ死ぬんじゃないかっていうことだって、何とか潜り抜けてきた。それは、秀一だって一緒の筈だ。

「何で、私なのよ…。もっと、私以外にいたでしょう…」
「俺は、お前じゃなきゃダメだ」
「バカじゃないの……」

私よりももっといい人は、コイツの周りにはいる筈だ。表立ってモテるわけではないけれど、ひっそりと想いを寄せる人はいたはず。私が恋人であることで恨まれたりするほど、周りも子どもでは無かったからよく分からないけれど。

「秀一は、女を見る目がないわね」
「お前も、人のことは言えんだろう」
「知ってる」

ようやく落ち着いた涙を隠すように秀一の胸元に顔を埋めて、腕を背中に回す。久しぶりに感じる秀一の体温に安心する。沖矢昴にも惹かれてはいたけれど、やっぱり私は秀一の方が好きなのか、と実感した。

「今度、こんなことしたらホントに許さないわよ」
「今度するときは、お前も巻き込むさ」

顔を持ち上げられて、秀一は私にキスをする。最後にしたのは秀一が死ぬ前だったから、随分と久しぶりだ。角度を変えて、何度も繰り返した後に唇が離される。
秀一はフッ、と笑って私の左手を取って、そのまま薬指へとキスを落とした。

「虫除けが、いるな」
「ただの、虫除けなの?」
「俺が、お前を離さない約束も入れておくか」
「ん、」

私が小さく返事をすると、秀一は満足したようにまた私の口を塞いだ。
 

2015.08.25