深刻な言葉不足

 
「ちょっと名前!どういうことよ!」
「……へ?」

昼休み。そういえば、と思い出したように園子に詰め寄られた。どういうこと、と言われても園子の言っている言葉には主語が無く、私にはそれが何を示すのかが分からずに首を傾げる。

「新一の家に今、沖矢さんがいるでしょ?昨日初めて会ったんだけど、名前さんから聞いてませんか?って言われちゃって」
「……言ってなかったっけ?」

助け舟のように、蘭が隣から言った。不審者かと思って思わず空手で倒そうとしちゃった、と可愛らしく言っているけれどもやることはちょっと宜しくない。と言っても、沖矢さんなら蘭ぐらい倒しちゃいそうだけど。
園子が聞いてないわよ!と抗議をするけれども蘭が宥めているので良しとしよう。私も沖矢さんとは暫く会ってないなぁとふと思い出して、帰りに寄ってみようかと外を見ながら頬を緩めた。

 + + +

「あら、名前ちゃん久しぶりね」
「有希子さん!こっち戻ってたんですか?」

放課後になって沖矢さんがいる工藤家に向かうと、出迎えてくれたのは有希子さんだった。すぐ戻らなければいけないけれど、こっちに戻っていたらしい。新一のことで何かあったのだろうか、と尋ねればそれは違うと言われた。

「何だ、お嬢ちゃんか」
「きゃっ…!」

急に聞こえた低い声に、思わず悲鳴を上げる。久しぶりに聞く、沖矢さんのものとは違う声。その声は赤井さんで、久しぶりに会うその顔が恥ずかしくてつい有希子さんの後ろへと身を隠す。

「名前ちゃん、赤井君と会うの初めてじゃないわよね?」
「ひ、久しぶりなものでつい…」

有希子さんの後ろから顔を出して赤井さんを見れば、赤井さんと視線が交わる。沖矢さんのときはまだ普通に話せるけれど、赤井さんは久しぶりということもあってか少し恥ずかしい。その意味は、どういうことかわかってるけれど。

「もしかして、赤井さんの変装のチェックに来たんですか?」
「えぇ。赤井君、手先が器用だから大丈夫だとは思うけど念のためね」
「た、確かに…」

面白いから赤井君もう少しこのままでいてね、なんて有希子さんの声が聞こえて、肩がビクリと跳ねる。赤井さんも私の姿を見て少し口角を上げて、そうですね、なんて了承する声が聞こえた。

 + + +

「この顔だと、平気なんですか?」
「平気、というか…。安心するんですかね。命が狙われることはないじゃないですか」

有希子さんが飛行機の時間があるから、と言ってドタバタと家を出て行ったのが数十分前。赤井さんは沖矢さんの顔に戻っていて、まだ時間があるなら紅茶でも淹れますが、と言ってくれたのでそれに甘えることにしたのである。

「命、な……」
「まぁ、私が赤井さんの顔が好きだってこともあるんですけどね」
「っ、」

私が思っていることのままを言えば、沖矢さんが咽た。別に、変なことは言っていないような気がするけれど。
咽ていたのが落ち着いたのか、沖矢さんは何か言いたそうに私を見る。どうかしましたか、と声をかけようとするのと同時に引き寄せられて、私は沖矢さんの膝の上へと座らされた。

「セクハラ、ですよ」
「嫌ではないでしょう?」
「否定はしません」

恋人同士なわけではないけれど、赤井さんにとって私はわりと近い位置にいると思う。それなりに可愛がられてはいるだろう。それに、別に私自身そういう関係を望んでいるわけではない。好きだけれど、その先を求めて苦しむのは自分だ。

「沖矢さんの顔も、好きですよ?」
「顔だけ、ですか?」
「意地悪だなぁ、沖矢さんなのに」

赤井さんのときに意地悪なのは知っていたけれど、沖矢さんで意地悪なのは珍しい。そう思いながらクスクスと笑うと、頬にキスをされる。一瞬胸が高鳴ったけれども、そういえば元はアメリカにいたんだっけ、と1人納得をする。アメリカにいればキスなんて、挨拶のようなものだろう。

「赤井秀一の顔を見るのが恥ずかしいなら沖矢にならなくてよくなった後も、会えばいいだけですよ」
「アメリカに戻るくせに…」
「貴方1人ぐらい、養えますよ」

沖矢さんの言葉に、私が思わず笑う。家事は得意な方じゃないよ、と言えばそんなものは回数こなせばなんとかなるよ、と言われたのでどうやら沖矢さんの中では私がアメリカに行くことはほぼほぼ確定しているらしい。家政婦、ということなのだろうか。

「家政婦?は、住み込みで、ですか?」
「……………」

沖矢さんが、呆れたように息を吐いた。そういう意味じゃ、ありませんよ。と呆れた声で言われたけれども他に何だと言うのだろうか。ハウスキーパーも言葉が違うだけで結局は一緒だ。

「……愛玩具?」

さすがにそれはちょっと…、と言うと沖矢さんに軽く頭を叩かれた。どこでそんな言葉を覚えてきたんだ、と言われながら。高校生だもの、大人ってわけではないけれど、完全な子どものわけでもない。

「家政婦とか、そういう意味じゃないんですけどね」

呆れたように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。じゃあ、どういうことなんですか、と問おうとしたら、それは彼に塞がれてしまった。
 

2015.09.02