魔法がとけた午前0時

 
鼻に纏わり付く、薬品の臭い。鮮明になる意識に自分が生きているということに気付かされる。視界を埋め尽くすのは白。全て白い物で統一されたここは、病院なのだろう。

(胃の洗浄でもされたかな……)

私が飲んだのはいわゆる毒薬で、生きているとなるとそれしか考えられないだろう。もしかしたら、他にも何かされているのかもしれないけれど。
出来ることならあのまま秀一のところに行きたかったのに。電気の光を掴むように上に手を伸ばす。そのとき、部屋の扉が開いた。

(え……?)

目に入ったのは、黒。私が会いたいと思っていた、その人物。

「秀、一……?」

彼の名前を呼べば、秀一が少しだけ笑みを浮かべる。なんて顔をしているんだ、とでも言っているようだ。
点滴をされてあまり動けない私は顔だけをそちらに向ける。

「…生きて、たの……?」
「お前の、好きなように捉えろ」

ベッドの軋む音がする。私が身体を起こそうとすると、秀一は私の頭を撫でて『そのままでいい』とだけ言った。そして、そのまま何を言うまでもなく彼は私の視界を遮るように瞼の上に手を置く。
視界を覆われて、私は黒へと落ちる。

「触れられるってことは、幽霊でもないのね」
「さぁな。生憎脚はあるが」
「死んだって……聞いたわ」

FBI本部でその知らせを受けた人は、殆どの人が間違いじゃなくてか?と首をかしげたものだ。殺しても、死にそうにないのに。人が居なくなるのはあっという間だと思ったぐらいだ。

「待ってて、くれるか」
「何、を?」
「お前が俺を死んだと思わないのなら…俺のことを。迎えに来る。必ず」
「っ………」

涙が私の頬を濡らす。今、私の目の前にいるのは確かに秀一だ。他の誰かが変装した別人なんかじゃない。

「ずっと、待ってる」
「……あぁ」
「だから、絶対よっ…」
「約束しよう」

秀一の言葉を聞くやいなや、急に激しい睡魔に襲われる。それこそ、目も開けていられないぐらいの睡魔。でも、ここで寝てしまったら起きた時には秀一がいなくなっていそうで。点滴をされていない方の手で、私の視界を隠す秀一の手を掴む。
いなくならないように、絶対に離さないつもりで。

 + + +

二回目に目を覚ましたとき。見慣れない天井にそういえば私は病院にいたんだったと想い出す。

「目が、覚めましたか」

隣から聞こえた声。それは、名前も知らないまま身体を繋げた男だった。私が意識を失う前に秀一が座っていたその場所に、その男が居た。私が離すまいと思って握っていた手も、その男の手で。

「え、秀一、は…?」
「ここにいるのは、ずっと私一人ですが…」
「……そう」

アレは、夢だったのだろうか。あんなにも鮮明に、秀一を見たというのに。確かにこの手で、秀一の体温を感じたというのに。

「…泣かないんですか」
「どうして?」
「あの人が、いると思ったんでしょう?」

私のたった一言で何を思っていたのか理解したこの男は、どこまで勘がいいのだろうか。小さく息を吐いて、その男を見る。

「決めたの。次に無くときは絶対に秀に会ったときの嬉し泣きだって」
「嬉し泣き、ですか」
「待ってろって、言われたから」

たとえアレが幽霊で、迎えに来るとき私が呪い殺されたって構わない。秀一が自ら会いに来てくれるなら、幸せなことこの上ない。

「じゃあ、もう服毒などはしないと」
「えぇ。だから…」

もう、身代わりなんかじゃなくていい。素直に、名前を呼べる。秀一がいなければ、好きになっていたかもしれない彼の名前を。

「貴方の名前を教えてよ」