ベッドの上で戯れを


後ろからぎゅっと抱きつかれるのを感じて、そういえば昨日はこの部屋にいたんだっけ、とどこか他人事のように思い出す。大きな猫のように私に擦り寄る彼の腕の中で身じろいで、向かい合うように転がれば彼は静かに寝息を立てていた。

(こうしてると、ホントに黒が似合わない人……)

お互いに素性をさぐり合うように接して、互いが互いを諜報員だと知ったのはつい最近だった。それ以来、身体を繋げたりするわけでもなく彼は私の部屋を訪れるようになった。組織の中で、唯一一息付くことが出来る場所と判断されたのだろうか。

「っ、ん……」

私の指先が軽くバーボンに触れると、彼は小さく声を漏らしながら眠たそうに瞼を上げる。視線が交わると彼はふにゃりと笑みを浮かべて私の名前を小さく呼んだ。

「バーボン、貴方今日昼から仕事でしょう?」
「あぁ……。でも、まだ時間があります、」
「えっ……!?」

彼はまだ、寝ぼけているのだろうか。私の身体は彼の手によって引き寄せられて、ただでさえ近かった距離がより近くなる。恋人にでもするような動作にドキリと胸が高鳴って、けれどもそれと同時に好意はあっても恋慕ではないな、と否定する。

「バーボン、寝てるの?」
「……眠い、」
「そう。でも、こういうことするなら恋人にしてくださいな」

私を抱き枕のように扱う彼の頭をくしゃりと撫でる。大きな猫か、大きな子どもか。そんなことを連想させる仕草にどうしたものか、と息を吐く。整った顔立ちなのだから、恋人なんて作ろうと思えばすぐに作れるだろうに。抱きに来るわけでもなく、ただ隣で寝るだけ。恋だの愛だの騒ぐ年齢でもないけれど、一応は男女なのだからどうなのだろうか。

「もう…。恋人でも作ればいいのに」
「こんなとこにいたら、作りたくても作れないでしょう」
「そうねぇ…。仕事で他の女に手を出すことを許してくれる人を見つけるしかないんじゃないかしら?」

ただ、彼の場合難しいかもしれないけれど。顔目当てで近づいてくるか、お金目当てで近づいてくるか。そんな女が多そうだ。そしてそういう女は男がいざ自分の物にならないとなると癇癪を起こしたりするから面倒くさい。

「同じようなことをしていて、執着心の無い女でも見つけることね」
「……貴方は、ダメなんですか」
「はぁ?」

バーボンの腕の力が緩んで、視線が交わる。少し眠たそうに、けれども真っ直ぐに私を見る目はあまり嘘をついているようには思えない。確かにこういう仕事をしていると息を吐くように嘘をつくけれども、ここで嘘をつく意味なんかない。

「本気ですよ、僕は」
「何が、目的なの?」
「そんなに疑われると、さすがの僕でも傷つきますよ」
「どうせ防弾ガラスのハートでしょ」

ジンに敵意を持たれつつも何だかんだこの組織で生きているのだから、結構な防御力ではないだろうか。彼もある意味それが仕方ないことかもしれなけれど、あそこまで敵意を向けられて平気な顔でいられる懐の広さは見習いたいものがある。

「別に貴方から情報を得たりしようとするわけじゃないですよ。名前の隣にいたら心地いい。それだけです」
「え、」
「それとも、嫌ですか?組織の中でこういう関係になるのは」

ギシリ、とベッドが軋む音がして、バーボンが私を押し倒すような体勢へと変わる。交わった視線の先の瞳が、いつもと違った。組織で仕事をしているときの冷たい目ではなくて、熱を帯びた視線。それが何を示すか、知らないわけじゃない。

「妥協でそれを言っているのなら、今すぐ蹴りあげるわよ」
「妥協なんかで、わざわざ同じベッドで寝ませんよ」
「分からない、わ。この組織にいたら、疑う一方だもの」

バーボンが、私の頬に触れる。この組織にいると誰が味方で誰が敵なのかを疑うばっかりだ。他にも潜入している人間はいるのだろうけれど、決してそれは表には出さないだろうし私が彼を潜入調査の為にここにいると知ったのも偶然が重なったものだった。

「名前、」

名前を呼ばれて、バーボンの指先が私の唇をなぞる。抵抗しない私を見て彼が口角を上げて、そのまま唇が触れ合う。手を取られて、指を絡め合うようにして繋ぐ。

「っ、ん……待っ、て、」
「嫌ですか?」
「違、くて……」

優しく私を見るその目に、心臓の鼓動が早まるのが分かる。元々彼のことは嫌いじゃなくて、それなのにこんなことをされたら期待してしまいそうになる。今は仕事に専念しなければならないのに、彼に溺れてしまいそうになる。

「仕事の合間の息抜きも、必要だと思いませんか?」
「それは、どういう意味よ…」

彼が言うのは、どっちの仕事なのか。この組織の人間としてなのか、それとも本来私達がいるべき組織の人間としてのなのか。私の顔の横に肘を付いたバーボンが、額にキスを落とす。いっそ、誰かドッキリだと言ってはくれないだろうか。トラップを仕掛ける相手を間違えていたと。

「名前」
「何、よ…」
「もっと、触ってもいいですか?」
「嫌って言っても、するんでしょう」

私の額とバーボンの額が合わさって、距離の近さに目線を逸らす。バーボンは気にした様子もなく私に口付けて、それは角度を変えて何度も繰り返される。

「はっ…バーボン、待っ、」
「足りない、」
「んぅっ、」

ベッドに肘を付いた方の手でくしゃりと頭を撫でられて、キスをする。何度も何度も繰り返されて、呼吸が苦しくなるのを現すようにぎゅっとバーボンの手を掴む。すると同じように力が込められて、唇が離れた。

「キス…しすぎ、」
「ずっと、こうしたかったので」
「いつから、よ…」
「さぁ?いつだと思いますか?」

唇へのキスが飽きたのか、頬や首筋にキスをされる。柔らかい髪が肌に触れるのがくすぐったくて身じろげば、彼が笑みを浮かべるのが分かった。

「知らない、わよ。いつから、バーボンが私を見てたかなんて…」
「多分、名前が考えているよりもずっと前だと思いますよ」
「っ、ひゃ…!待って、」
「大丈夫です。少し、触るだけですから」

何が大丈夫だというのか。その言葉を発するよりも、私の口からは小さく悲鳴のような声が漏れる。バーボンが私の服の中に触れて、身体をなぞる。ちゅ、と何度も音をさせながら首筋に吸い付いて。

「バー、ボン、待っ…ん、」
「可愛い、」
「やっ……」

ドキドキと心臓が大きな音を立てて、今にも破裂しそうだ。この人は、仕事でこういうことをするときもこんな風に相手を抱くのだろうか。低く甘い声色で、愛を囁きながら。
彼のことは、正直嫌いじゃない。だからこそここで寝ることを許していたし、触れられることに嫌悪感はない。むしろ、恋人が初めて出来た思春期の女の子のようにドキドキしていて。

「いっそ、仕事も何もかも忘れてずっとここでこうしていたいですね」
「バカ、」
「そのバカに触られて感じてるのは、貴方でしょう?」
「っ、ぁ…!やだ、」

バーボンの手が、胸の膨らみへと触れる。まさか本当にここでこのまましようというつもりなのだろうか。彼の肩を押して抵抗するけれど手首を掴まれてそのままベッドへと押し付けるようにして頭上でまとめられる。

「こういうのって、ゾクゾクしませんか?秘密の関係っていうんですかね、」
「知らないっ…!ふ、んんっ…」

何も言わせまいとするように唇が塞がれて、口内にバーボンの舌が入り込む。仕事としてじゃなくてこういうことをするのは随分と久しぶりで、ゾクリと身体が震える。隙間から漏れる吐息に鼓膜が揺れて、もうどうにでもなれ、と思ってバーボンの服を掴むのと同時に部屋に無機質な機械音が鳴り響く。

「っ、チッ……」

唇が離れると同時に彼が舌打ちをして、私の上から離れる。眉間にシワを作りながらポケットから携帯を取り出して画面を確認しているのを見るところ、組織の人間としての仕事だろうか。

「すみません、ちょっと仕事が入ったみたいです」
「すごく、嫌そうね?」
「名前といられるなら、仕事も悪くないんですけどね」

面倒くさそうに息を吐いて、バーボンが私の額にキスをする。続きはまた夜にでも、と耳元でボソリと言って、彼は電話に出ながら私の部屋を出て行く。どうやら、今日は寝る時間が遅くなるらしい。

2016.08.31