赤井さんの飼猫02
「こら、逃げるな」
逃げ出したくもなるわ。そう言いたいけれど私は所詮猫。彼の力になんて敵わなくて、押さえ付けられるようにしてお風呂へと入れられている。身体にぺったりと毛が張り付いて、気持ち悪い。
「少しは慣れてくれると有り難いんだがな…」
慣れるわけないでしょう。そんなことを告げるように尻尾でぺちぺちと彼の腕を叩く。泡だらけになった身体をお湯で流されて、全身を震わせて水を落とす。彼にもかかったけれどこっちはお風呂に入れられてるのだから我慢して欲しいぐらいだ。
「まだ出るなよ」
濡れた手で頭を撫でられて、地面を尻尾で叩く。脱衣場へと続く扉が開いたけれど出るなと言われた以上は出るわけにいかず、でももう洗われるわけではないみたいなので諦めてバスタブの縁へと飛び乗って座る。
「そこにいると濡れるぞ、」
笑みを浮かべて戻ってきた彼は服を脱いでいて、どうやらシャワーを浴びるつもりらしい。身体を洗われるといつもより毛が抜けるような気がするから、それでだろうか。
彼がシャワーからお湯を出すのを眺めながら、極力水のかからないところへと避難する。生憎私は他の人にお風呂を入れられたことがないから分からないけれど、人間の身体とはこういうものなのだろうか。
「どうした?」
シャワーのお湯が止まって、ずっと見ていたのに気付いていたらしい彼が私に尋ねる。残念なことに私は人間の言葉で話すことが出来ないから、にゃあ、と答えるだけだ。
人間というのはどうして毎日お風呂に入るのか。折角念入りにマーキングしても、お風呂から上がってくるとそれは全て消えてしまう。
「ほら、こっちに来い」
タオルを取って、私が呼ばれる。にゃうん、と返事をしながらバスタブの縁から降りて彼に擦り寄れば抱え上げられて、タオルで包まれる。優しく身体を拭かれるのに身を任せながら目を細めて喉を鳴らせば、彼がフッと口角を上げた。
「洗われるのは嫌なのに、拭かれるのはいいのか」
濡れるのは嫌だけれど拭かれるのは撫でられているのに近いから平気なの。そんなことを思いながら抱え上げられたまま身体を拭かれて、ある程度のところでタオルはカゴへと放り投げられた。
「綺麗になると、気持ちいいだろう?」
洗われた私を満足気に見ながら彼がそう言って、人と人がするようにキスをされる。刹那。
「っ、は…?」
パチパチと、お互いに瞬きをして見つめ合う。キスが合図かのように毛に覆われた私の身体の毛は無くなって。それどころか、肉球も、ヒゲも、尻尾さえも無くなって。
「……え?」
視界に入る私の腕は、飼い主である彼と全く同じものだった。
掲載期間:2016.09.01〜2016.10.01