太陽と月と毒薬と

 
初めて会ったとき。本当に一瞬だったけれど、お日様みたいな金髪だと思った。ただ、一瞬視線が交わっただけ。それなのに、言葉を交わしたわけでもないのに彼に黒は似合わないと思った。白くあってほしいと。

「誰……?」
「見つけた、」

普段は食事のときか、もしくは月を表すような銀髪の彼が来るときにしか扉は開かれない。けれど、今日は違った。お日様のようだと思った彼が、扉のところに立っていた。彼は私を見ると口角を上げて、後手で扉を締めて私へと近付く。

「僕のコードネームはバーボン。貴方の名前は?」
「…ジンからは名前って呼ばれてるけれど、コードネームは無いわ」
「名前、ですね。貴方は、ずっとここに?」
「覚えてる限りは、ここにいる。どうしてかは、分からない」

彼は私に跪いて、じっと私の顔を見る。何かあるのだろうか、と首をかしげるけれど彼は眉根にシワを寄せるだけで何も言わず、私の手を取った。どこか複雑そうな表情をした彼は、何を考えているのだろうか。

「ここから、逃げませんか」
「え?」
「僕なら、貴方を保護出来ます。ここにいたら、危ない」
「ジンが、私をどう使うか知ってるの…?」
「予想、ですけどね」

目の前の彼が、困ったように笑う。彼が私に何をするつもりなのかは、私には知らされていない。でもどう考えても彼はなんの意味も無くただ私を置くような人間じゃないことは理解している。

「この手を、取ってもらえませんか」

泣きそうな顔で私を見つめる彼の視線が耐えられなくて、私はその手を掴んだ。

 + + +

「…名前?」

名前を呼ばれて振り向けば、バーボンが不思議そうに私を見ていた。別にあの組織に未練はないけれど、少しは探してくれているのだろうか。それとも私の代わりを用意したのだろうか。結局、ジンが何のために私をあの部屋に閉じ込めていたのかは知らないままだ。

「ジンは、私を探してるのかしら?」
「探されたいんですか?」
「どちらでも。未練はないもの」

でも、彼が私を閉じ込めていた理由が知りたいわ。そう彼に告げれば、彼は面白くなさそうに眉を寄せる。どうやら、あまり触れてほしくはないことだったらしい。

「…あくまで、僕の調べた情報ですけど、」
「別に構わないわ」
「処女を好む男にでも、差し出すつもりだったのでしょう。その後はハニートラップとして使うか、それとも慰みにするか…」
「思ったより大した理由じゃないのね?」
「お気に入りだったのは、確かですよ。あの男の、ね」

そうでもなければ、わざわざ閉じ込めませんよ。そう言って、彼が私の座っているベッドへと腰掛ける。二人分の重みで沈んだベッドはそれなりに高いものなのだろうか。彼の使っている部屋、ではあるのだろうけれど。

「大丈夫ですよ。ここは僕がここにいることを知っている人間は組織にはいません」
「え、」
「言いたいことぐらい、分かりますよ」

バーボンが、私の髪に触れる。彼と数日一緒にいて、分かったことがある。組織関係のことをしているときはとても冷たい目をしているのに、私を見る時の目は初めて会った時と同じお日様のような目をしている。太陽みたいに暖かくて、安心する。

「ねぇ。バーボンはどうして私を助けたの?」
「保護するべきだと判断したからです。同時に、欲しいとも思いましたけどね」
「欲しい?」

首を傾げながらバーボンを見れば、彼は柔らかく笑みを浮かべる。真っ黒な組織にいるなんて思えない程、綺麗な笑み。こうして、いろんな人を騙していたのだろうか。仕事で女の人を抱くぐらい、したことがありそう。

「僕は、ジンのように貴方を誰かに差し出すつもりはありませんよ」
「独り占め?」
「そうですね…。えぇ、そうかもしれません。貴方の弱さに付け込んだ、酷い男ですよ」

ジンから引き離せば、貴方は僕を見るしかなくなるでしょう?柔らかい笑みを浮かべたまま、彼は何てことないような顔で私にそう告げた。確かに今の私にバーボンを頼る以外に生きる術は無いし、冷たいあそこから連れ出してくれたという恩はあるつもりだ。危険だから、と私一人で外出することは無いけれど、外に出たいと言えば連れて行ってくれる。

「ジンが貴方を大事にしていた理由が、分かる気がします」
「私には、分からないや」
「傍にいてくれたら、それだけで十分ってことですよ」

テーブルを挟んで前に座るバーボンが頬杖を付きながらそう言った。頬杖を付いた左手と反対の右手が、視界に入る。手のひらを隠すように包帯を巻かれている、右手。

「触れることすら、出来ないのにね」
「今、それについては調べてます。いつか、触れることが出来ますよ」

ジンの元から連れ去れるときにバーボンが差し出した右手。それを私が手にした後、異変が起きた。じわりじわりと浸食するように、彼の手のひらは毒に犯されていった。今でこそその浸食は止まったけれど、私が触れればまた同じように浸食していくのだろう。

「どうして、ジンと一緒にいて気付かなかったのかしらね」

彼が、私に一度も触れたことがないと。ジンの持ってくる食事に致死量にも満たない毒を混ぜられていた私は、その毒に抗体が出来た。同時に、私から出る分泌物にはその毒が混ざっている。触れ合った相手に訪れるのは、死。

「バーボンも、見捨てていいよ」
「見捨てませんよ。普通の女の子になりましょう?」
「なれたら、いいなぁ」

太陽に近付きすぎたらその身を焦がすなんて言うけれど、私が近づけば彼の方が危ない。この身体の毒は、抜けきってくれるのだろうか。バーボンを通して採血やDNA検査等を進めているけれどどうなるかは分からない。

「不安そうな顔をしなくても、大丈夫ですよ」

笑みを浮かべて安心させるように言う彼に、私は曖昧な笑みを返す。毒薬は、いつか薬へと変えられるのだろうか。

2016.09.30